平古場凛が眩しい2

今日の5時間目は自習で、私はひとり静かに苦手な数学の教科書に目を通していた。
この前のテストはあまり良い成績ではなくて、だから期末テストこそいい点数をとらないとおばあちゃんに叱られてしまう。苦手なだけに気乗りはしないが、それでも真面目に教科書を広げていた。遠くの席の甲斐くんがなにやらうるさいが、そんなことはいつもの事なので、大して気にならない。問題は、隣の席の人だ。
さっきから何故か、隣の席の平古場くんが、頬杖をついてこっちを見ている。はじめ気のせいかと思ったが、やはりなんとなく視線を感じるので、確認のためにもふと目をそちらに向けたら、平古場くんとバッチリ目が合って、彼はぱちりとひとつ瞬きした。
目が合ったのに慌てないということは、私がそっちを向くのを待っていたということだろうか。いったい何の用なんだろう。そう思って首を傾げたら、平古場くんが先に口を開いた。


「まだ言わねーんばぁ?」

「…何が?」


主語のないわかりづらい言葉に思わず顔をしかめると、平古場くんは気にした様子もなく、しかしふい〜っと目を逸らして手を頭の後ろで組んだ。


「やーが言うことねーんならいーけどよぉ」

「言うことなんてないけど」

「じゅんにな?」

「じゅんにやさ」

「お、やーもようやくうちなーぐち使えるようになったか」

「…………」


からからと笑う平古場くんをじとりと睨む。この辺は、私にとって少しデリケートな問題である。
……別に、私だって全く覚えてないわけじゃない。そして、使いたくないわけでもないのだ。寧ろこういう日常的な言葉はうつってきていて、こうしてついウッカリ、言ってしまったりもする。それはきっと、ここの言葉が好きだから、というのもあるのだろう。
ただ、途中からこの比嘉中に転校してきた本土生まれの私が、まだ曖昧な沖縄言葉を中途半端に話したら反感買うだろうと思うし。でもかえって、頑なに標準語を話すのもいつまでも気取ってるトーキョーモンとか思われるんじゃないか、とも思うし。難しいなぁと思う、とても。
でも、そうやって悩んだ結果、私はこれからもずっと標準語を話す事にした。そのほうがいいんだと思った。それに、私は標準語だって嫌いじゃない。東京だって嫌いじゃない。それはきっと、彼らと同じだ。


「平古場くんが何言いたいのか全くわからない」

「言ってやろうか?」

「言って」

「ちゃーすがや、やーはわんの言うこと何でも否定していーけーしてくっからよー」

「……そう」


彼の煮え切らない態度に、視線を手元の教科書に戻すと、視界の端で平古場くんはまだうーんうーんと悩ましげに唸っている。彼のキラキラの金の髪も相まって、全く集中できないので、しばらくして私はぱたんと教科書を閉じた。そして、難しい顔をしている平古場くんに問う。


「……平古場くんこそ、私に言うことないの?」


別に、宛があったわけじゃない。彼が私に言いたいことがあるだなんてこれっぽっちも思ってないし、ただ、私にばかりあるって言うから、あるのは貴方の方なんじゃないかとなんとなくそう返しただけだった。
しかし平古場くんは目を少し見開いて、またひとつ、ぱちりと瞬きする。それから、あー、と唸って、机にばたんと突っ伏した。


「……やーがあびるまでわんもあびてやらん」

「……ふうん」


どうやら、平古場くんにも言いたいことがあったようだ。でもこのとおり、私がなにかを言うまで言う気はないらしい。ないって言ってるのに。それじゃあ一生聞くことはできないな、と思って、なんだかつまらなく思って私は再び手元の教科書の表紙に目を落とした。開く気はもうない。
しばらくの沈黙のあと、平古場くんは突然、ぱっと起き上がって、何故かたのしそうに目を輝かせ口元を緩ませながら、私の方に身を乗り出してきた。


「で、言う気は」

「だから……言うも何も、何も無いし」

「…頑固やっさー」

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