無責任な青春売り

「平和島くんはヒーローになればいいんだよ」



それは、俺の足元で座り込んでいた女が、俺が先程吹っ飛ばした鉄柱を目で追ったあとに俺を見て唐突に言い放った言葉だった。



「……は?」



俺がたまたま工事現場付近を通りかかったときにたまたま空から鉄柱が降ってきて、その真下を歩いていた女をたまたま助けたら礼や挨拶よりも前にそんなことを言われたわけだが。
そんな順番無視をされると簡単な言葉でもそう簡単に理解出来るものじゃない。当然何言ってるんだこいつは?と一瞬混乱した。
そいつにとって礼や挨拶よりもよっぽど大事な事だったのだろうか?いや、そもそもこいつ、知り合いだったか────と、そこまで考えてふと思い出した。ああ、こいつ確かに知り合いだ。



「平和島くんずっと悩んでたじゃない。私ずっと思ってたんだ。平和島くんヒーローにならないかなって。やっぱりなればいいんじゃないかなって今思った」



俺をそこそこ親しげに呼び、親しげに話すそいつのことを俺は一応知っていた。
みょうじだ。高校の時のクラスメイトで、隣の席だったヤツ。特別親しい友人だった訳じゃ無いがそれなりに、いや、大分記憶に残る人間ではあった。

あの頃ふと隣を見ると、みょうじはいつも背筋をピンと伸ばして授業を受けていた。
あまりにも姿勢が綺麗だったもんからついじっと見てしまった事もあったとような気がする。休み時間は本を読んでるか、ふうと息を吐きながら虚空を見つめていた。大人しい奴だと思った。
だけど俺の中で強烈に残っているのはそんなある日の事だった。みょうじが鉛筆を落としたから拾ってやったら、落としたことに気づいたみょうじが思いがけず「ああ!」と大きな声を上げたので、少しぎょっとして、手に力が入って。
結局そのえんぴつを真ん中から折ってしまったことがあった。



「わりぃ」



咄嗟に謝ったら、みょうじは俺の手の中からえんぴつをとって割れた片方を筆箱の中にしまった。
そして、何故かもう片方をこちらに差し出してきたのだった。



「半分あげるよ」

「あ?」

「拾ってくれてありがとう」



みょうじはそう言って少しだけ笑った。

そうしてそれから次の日もその次の日もずっと、みょうじは折れた鉛筆をこれみよがしに使い続けていたから、ちらちら視界に入る度に気になって当てつけだろうかとイライラした。
しかし新しい鉛筆を買って返すとまた半分こにしろなんて言いやがるのだ。なんでだと聞けば、「半分しかあげてないし、お揃いみたいで青春みたい」とかなんとか言ってきた。意味がよくわからなかった。俺が首をかしげれば、みょうじは慌てて口を抑えた。



「これは平和島くんに言ったら嫌がられるかと思ったからいう気はなかったの。」



よく分からないが気まずそうにそう言って、誤魔化すようにえんぴつをしまっていた。聞いたところで嫌がったりなんかしないが、しかし引っかかりはする。青春って、青春って一体何なんだ。
俺には一生わかりそうもないが少し考えてしまった。おかしいだろ、鉛筆をぽっきり半分こする青春なんて。




俺が回顧している間もみょうじは座り込んだまま俺を見上げている。なんというか、相変わらずだった。



「相変わらずだな」

「平和島くんもね」

「で、なんだ?ヒーローだったか。俺はそんな柄じゃねぇし、なる気もねぇよ」

「でも、きっと平和島くんがやさしくてさみしがりで可哀想だったから、神様がヒーローにしてやろうって思ったんだよ。きっと。」

「……そうだったとしたらとんだ神様だな」



頭を掻きながら、いつまでも地べたに座らせておくのもなんだからみょうじに手を伸ばすと、みょうじは戸惑いなく俺の手をとって立ち上がった。そしてようやく頭をすこし下げた。



「私をたすけてくれてありがとう、平和島くん。平和島くんがいなかったら、私今頃ぺしゃんこだったよ」

「……おう」



まぁ、これでえんぴつの分の借りも返したことになっただろうか。
ぼんやり思っていると、みょうじは背伸びして俺の顔をのぞき込んできた。それから、俺の心を読んだように悪戯に笑った。



「ねぇ、私ね、えんぴつまだ持ってるんだ」

「!……あー、俺も、どっかにはあるかもな」

「え、本当?ちょっと嬉しい」

「……そうか、」

「うん。……ね、平和島くん。私、卒業してから何度も遠くから平和島くんの事見たよ。これからも、遠くから見てるね。そうだ、たまに応援の手紙も書くよ。ファンレター」

「何でだよ」

「よくあるでしょ、お便りコーナー。アンパンマンとかのエンディングでさ」

「ああ……、?」

「応援してるよ。私も平和島くんが負けそうなら応援する。だから、ピンチの時は助けてね。」



そう言って首をこてんと傾けたみょうじは、続けて今度お礼する。と言ってさっさと去っていってしまった。
だから、何度も言うが俺はヒーローなんかじゃない。とか、お前は俺をアンパンと一緒だと思ってるのか。とか、いろいろ思ったが結局言えず、俺はみょうじの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


この出来事以降宣告通りたまに手紙が届くようになっただけで、俺とみょうじの関係は結局それだけだった。
みょうじはいつでもすれ違うだけの遠くの誰かでしかない。みょうじがそれでいいと思って敢えてそう振舞っていたように思えたし、俺も距離を縮めるつもりはなかった。
だが、ポストに入っているイラスト付きの『がんばれ』と書かれているその手紙を見て、たまに無性に燃やしたくなったこともあった。
けど、燃やしたところで送るのを止めてくれるわけでもないし、みょうじが自分の心から消えることもないから大体いつもその衝動を抑えて、あいつが礼だと言ってくれた菓子の空き箱の中にそれ仕舞い込む。…頑張れって、一体何をだよ。

結論を言うと、やっぱりあいつは鉛筆の件を根に持ってたんじゃないか。そんなふうに勝手に思う。
家を探したらやはり出てきてしまった無惨に割れた鉛筆を見ると、なんだか何かを訴えられているように思えたし、俺はこの折ってしまった鉛筆や、よくわからないファンレターを見る度にみょうじを思い出して、少しだけ心配をした。
街中で不意に姿を探してしまったりも、した。そうやってまんまとみょうじなまえの中で、俺の中で、俺はヒーローにされてしまったのだ。
それはたしかに不本意だったが、またみょうじが何かに巻き込まれたなら助けてやりたいとは思う。普段会いもしないやつの心配をするという代償を、俺は今も払い続けているらしい。

いや、鉛筆だけじゃない。たとえば折った鉛筆分の借りは返しても、隣でピンと背筋を伸ばしていたみょうじなまえが寄越したその“青春”とやらの恩は、俺の中で返しようもない大きさだったのかもしれなくて、奥底でいつまでも残っていくんじゃないかと、たまに思う。




160304

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