夢うつつ
これは、なんだ?
ある時ふと気づけば、私は真っ白い空間に1人で佇んでいた。ここに来る前後に何をしていたか、どうしてこんなところにいるのか、思い出そうとしたがどうにも思い出すことができない。
下手に動くこともできずにただ立ち竦む。そうして何だか心細くなっていた私の目の前に、突然、光が現れた。なにかの映像のようだった。
少しぎょっとしたが、よくよく見てみれば、その映像は私の周りで最近起こった出来事。
いや、そう言うには少し違うかもしれない。確かに最近私の周りで起きた出来事であり、視点は確かに私なのだが。
しかし、少しずつズレがあるのだ。
まずひとつ、映像では団員皆が団長命令をしっかり聞いている。これは悲しい事に私の周りでは絶対にありえない事だ。何処で間違えたのかな私……。
映像は進む。
シャルもびっくりするほどいい子で。
ウボォーさんが、クラピカに負けて。
私はみんなと会えなくなって。
パクは私の為に命を落として。
そう。少しずつ、違って。
私の過ごした時と酷似しているくせに、その結末はあまりにも苦しすぎた。
これはなんだろう、もう一つの未来?有り得たかもしれないもしもの世界?それとも…
「それは俺だよ」
聞きなれた声がした。それは間違えようもない、聞き飽きたような私の声で。
振り返ると、やっぱりここ最近よく鏡の向こうに見かける姿があった。紛れもなく現世の新しい私だ。
私な筈だったのだ。でも、よく見るとそうではない。目の前の彼も、少し私とズレているようだった。私とは違う私。否、俺。
私には無いものを持っていて、私に有るものを持っていない、そんなクロロ=ルシルフルが私の前で立っていた。
「誰…?」
言ってから、自分から発せられた声に驚いた。懐かしかったからだ。
ばっと自分の身体を見ると、忘れかけていた前世の私のものだった。ワンピースなんか着てて、どこかへ出かける前だったのだろうか。
いや、今はそんな事はどうでもいい。一体この状況は何なんだろう。彼は誰だろう。慌てている私に、もう一人のクロロはフッと笑ってみせた。それを見て、やはり私ではないと思った。
「知っている筈だが」
「…知ってるけど、知らないです」
「はは、成程」
だって私にこんな絶対的な存在感はない。そう、私はこの人に比べて情けないくらいちっぽけなのだ。
それに私は、私にはこんな凄みのある冷たい、吸い込まれるような目は出来ない。
だからナメられるのかなぁ…と憂いでいると、クロロさんは唐突に言った。
「パラレルワールド、というやつだな」
「パラレル…」
「ああ。お前と俺は、別々の世界に存在する同一人物」
「うーん…」
「難しく考えなくていいよ。簡単にいえば、
お前がクロロになった世界と、俺がクロロをやっている世界は別々に存在する、という事だ」
「そうなんですか…」
「仮説だが」
「仮説…ですか。でも、多分あたっているんでしょうね」
うん、やっぱりこっちのクロロさんはカリスマっぽい。頭も良いようだ。
育ちは一緒の筈なんだけど…あれ…?なんで私そんなにダメ人間なんだ…?
随分と私とかけ離れているクロロさんをたっぷり眺めてから、は、と思い出して再び映像を見た。これは、実際に有った、彼の見た世界なんだ。
それにしても…クロロ一人の人格が違うだけでこんなに、何もかもが変わってしまうものなのか。残された団員と、ウボォーやパクの墓をみて、それはとても他人事ではなくて、胸がじくりといたんだ。
「言いたいことは大体わかる」
「え、」
「二人の事、だろ?」
クロロさんは無表情だった。
それがまた胸を刺して、苦しくて俯く。
そんな私を見てクロロさんは小さく笑った。
そして自分の過ごしてきた映像をその目に映した。
「お前の方の映像も見せてもらったよ」
とんだ茶番だったな、そう言ってクロロさんはクスクス笑い出した。
うわぁ、恥ずかしい。私なんてとてもじゃないけど見せられるようなかっこいいことしてない。まさに、クロロさんの言う通り茶番だ。話も聞いてもらえず、勘違いされ、シャルに苛められフルボッコにされ、子どものように泣き喚き……
そんな私の恥ずかしすぎるエピソードをもう一人のクロロに見られるとか、穴があったら入りたいくらいだ。
「…お恥ずかしいです」
私がそう言うと、彼は声を出して笑った。
もういやだ…と項垂る。クロロさんはそんな私に、明るい声で言った。
「くだらないが、安心したよ」
「…え?」
「別世界でも2人が死んでいたら嫌だろ」
こんな未来もあるのか、と笑ったクロロさんは
やさしい顔をしていた。
「まぁ、お前のようになりたいとは思わないが」
「はい、ならない方がいいですよ。いじめにあうし」
「シャルか」
「あいつは酷いですよ」
文句を言った後、もう一度映像に目を向けた。仲間が死ぬのはやっぱり嫌だ。見るだけでこんなにも苦しい。
クロロさんはどうだろうか。私が想像しきれないくらい苦しいんじゃないか。それとも、蜘蛛の為の死は誇りなのだろうか。
何にせよ、私だったらきっともう立っていることすらできないだろう。仲間の死なんて、とても受け入れられないに決まってる。
わたしとクロロさんは、そういう点でも違う。私はずっと精神が弱い。誇りだとも思うほど蜘蛛を持ち上げてもいない。
それに、こんなに平然と人を殺すことだってできないと映像を見て思った。
私だって身内の為なら人殺しもしてしまう。そうして犯した殺人という行為を、例えどんなに嫌って嫌だと言っても、或いは私は普通の感性だと訴えても。それは臆病な殺人鬼のただの責任逃れに過ぎないことだって、ほんとはわかっている。平然と殺せなくても、していることは全く変わらないし私はクロロさんと何ら変わりない罪を背負っている。
それでも、私はその罪の重さについて考える。身内の為って、そうやって私が殺した人にも身内がいるのだ。考えるだけでくるしい事実だ。苦しいのは勿論嫌だけど。
でも、クロロさんのようにそれを忘れ、考えられなくなるのももっともっと、ずっとくるしい。
「私も、貴方みたいにはなりたくないですね」
「だろうな」
「でもきっと、貴方は間違ってないんでしょうね」
「…何故だ?」
「だって、映像の中の皆はクロロさんの事が大好きだったから」
だからクロロさんはきっと間違ってないんだろう、と勝手に思う。
正解なんてきっと無いから、判断するのは自分で確信させてくれるのは周りだ。
クロロさんはキョトンとしたあと、笑った。
「なら、お前だって間違っていないな」
お前もしっかり愛されてるよ。
その言葉に、私は何と言ったら良いかわからなくなって黙り込む。
そんな私を放置してクロロさんは私に背を向けた。
「そろそろ時間だ」
なかなか楽しかったよ。そう言ったクロロさんに
私は最後に1つだけ質問を投げかけた。
「あの、」
「ん?」
「クロロさん、言いましたよね。私がクロロになったって」
「ああ、言ったな」
「それって…私が此方の世界の貴方の場所を、とってしまったって事ですか」
クロロさんは振り返り私を見ると、今度は安心させるような、自信のある笑みを浮かべた。
「心配する事はないよ。俺はこうしてここにいる」
「………」
「大丈夫、俺もお前も全くの別人だが、お互い作り上げてきた物がある。そっちのクロロはもう、お前しかいないよ。俺には到底つとまらない」
…ああ、そっか。私は私。そして、今はクロロだ。
よかった。それでいいんだ。
「それじゃあ、また会おう、***」
久しぶりに自分の名前を呼ばれた気がした。
◇◆◇
「……う……ちょう、団長!起きて!」
グラグラとそれはもう尋常じゃないくらい揺すられて、朝から気分は最悪。しかし何故だか清々しい気持ちで目を開けると、目の前にシャル。
「………あれ」
「もー、俺が仕事必死になってやってる時に自分だけ寝てるなんて酷いよ」
「いやそれは知らない。お前が勝手にやってるだけだろ」
「まぁ、いいけどさ…それにしても何の夢見てたの?幸せそうでイラッとしたよ。俺でてきた?」
シャルに聞かれ、さっきの事を思い出してみる。
もう一人のクロロさんに会ったのは、夢だったのか。
「………夢、か」
「ちょ、きいてる?団長!」
130601
prev next