クロロ成り代わり | ナノ
はじめのいっぽ




「クロロー」



いつもつるんでいる仲間の1人であるシャルナークが、ゴミの山から見つけてきたらしいなにかの機械をガチャガチャしながら私に声をかけてきたので、私は読みかけの本から顔を上げた。
この本も同じくゴミ山から拾ったものだが、中々面白い。状態も此処に来る前はきっともう少し良かっただろう。売るなり譲るなりすればいいのに、捨ててしまうなんて勿体ないなぁと思う。
この通り、断捨離だ、断捨離だと言いながら物のあふれる部屋を片付けていた過去の私は、此処───流星街で過ごした時間によってすっかり消しさられていた。
今の私はもったいないオバケに取り憑かれた、どこまでもケチくさく、どこまでも節約が大好きな貧乏人で、ついでにいえば性別まで変わって、男の子である。今やもう“私”ではない。



「何だ?」

「クロロはさ、流星街から出たいと「思わないよ」え、即答?」



私の答えに面食らったようにシャルも顔を上げ、私を見た。目が合う。
エメラルドグリーンの、宝石のような瞳。シャルの目は綺麗だなぁ。そう思ってじっと見ているとはぁ、とシャルはため息を吐いた。



「うーん…本気の目だな」

「ん?」

「いや、一瞬冗談かと思って」

「冗談?」

「いやだってさ、クロロは俺の倍以上本読んでるだろうし、外の事とか色々知ってるだろ?ここに居るままで良いの?」

「うーん…」



いやでもさ、そんな簡単にここを出るとか言うけど、まずみんな貧乏でお金はないし、戸籍もなければ常識もない、そんなんで出ていくのはどう考えても現実的じゃないと思う。
そして、何より面倒くさかった。ここに来たばかりの時は早く出たいと思ったものだが、今となっては全くだ。ここではそんなあくせく働かなくても生きていけるだけの物資はあるし、私達には力もあるし。ゴミ捨て場も住めば都だね!
あとこの前拾った新聞で見たのだが、最近ここ出身の人が外で冤罪きせられたらしいし。怖い。
そう考えて、外に出るとかないなと首を横に振っていたら、突然立ち上がったシャルがずかずかとこちらに歩みよってきて、ぐわしっと私の肩を掴んだ。そしてすごい勢いでぐらぐら揺らしてきた。



「クロロ前欲しがってたよね?宝石とか古文書とか石盤とか壺とかミイラとかあと、あの…赤い目とか!!」

「あわわわわいやっ…ミイラとかその、緋の眼はっあーこういうのもあるんだなーという所謂世間話であってだ…ちょ、やめて酔う」

「欲しいんだろ!?」

「いや別に、」



私は派手な色よりは落ち着いた色が好きだから、本で見た世界七大美色よりはシャルの目のほうがまだ欲しいと思う。こんなこわいこと言ったら私とシャルの友情物語が幕をとじそうだけど。
いや、そもそも人の目玉なんぞどんなに綺麗でもいらない。怖い。大体目玉単体が綺麗なんじゃないんだ、人とセットで、尚且生きてるからこそ綺麗であるに決まってる。



「じゃあその2つは良いから、お宝!お宝だよ!外には全部あるんだよ?手に入れたいとか思わないわけ?」

「そんな夢物語……」

「夢物語なんかじゃないよ。俺達なら、夢じゃないと思う」

「え?」



シャルの熱い言葉に私は思わず耳を疑った。夢じゃないって、お宝探しなんて物語の中の海賊くらいしかやらないって、シャルは知らないのだろうか?
シャルってそんなに夢物語の中で生きていたの?実はピーターパンみたいな頭なの?



「…いや……あの、夢を壊すようで悪いんだが…そんな緋の眼とか本の中の話で、実在しないだろ?」

「…え、ん?…何言ってるの?クロロ」

「え?」

「いや、え?じゃなくて……実在するんだけど」

「は?」

「は?じゃなくて。本気で言ってる?俺は今割と真面目に話してるんだけど」



私が間違っているというような物言いに、急にどっと汗が出てくる。シャルが正しいのなら…あれ…今、私の中の一般常識がぐるんと一回転して覆った気がするんだが。
とりあえず足元に落ちていた本を手にとってパラパラと捲り、何かよくわからないモンスターの写っているページを開く。



「これは実在するのか?」

「え、うん」

「じゃあこのデカイ狐は?」

「いるよ」

「この、いわくつきの壺は?」

「あるよ…ねぇクロロ、まさかとは思うけどさ、」

「…………」



やっばい知らなかった。全部フィクションだと思ってた。だってそんな、非常識な。
いや、そもそも“念”とかいう超能力者もびっくりの力が当たり前のようにある時点で気づいておくべきだったのだ。
───ここが、前世とは違う世界であると。

それよりも文字が違う時点で気づけるだろ、という感じだが、いや、でも文字がちがうのはここが流星街だからだと思ってたんだ。
ハンター文字とか言われているこの文字は所謂流星街語だと思っていた。しかし今よく考えてみれば“外”からきた本に同じ文字が書いてある時点で世界共通言語ってわかりそうなものだけどね。
ちょっと調子が悪かったみたいだ。シャルはドン引きしたような眼差しで見てくるし、だいぶ恥ずかしい。



「…フッ知ってたさ」



とりあえず誤魔化しておいた。
シャルは相変わらず疑いの目を向けてきたがとりあえず納得したようで「なら良いけど」と言った。よしいい子。
それにしても、それはすごい。ここの世界には、私の今まで見たことのないたくさんのものがあるのだ。
……………もしかして、トトロとかポニョとか、そういうのもいるんじゃ?



「……シャル」

「…何?」



私が真面目な顔をすると、シャルも真面目な顔をした。それが何だか可愛く思えて小さくフッと笑った。



「皆を、呼んできてくれないか」



それを聞いたシャルは顔をぱぁぁっと明るくさせてキラキラした目で頷くと走って行ってしまった。
ああうん、外行きたかったんだね…わかるよ。どうせ出るなら皆で出たいよね。

私は立ち上がった。太陽が少し眩しい日のことだった。


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