prologue
そこは薄暗く湿った、窓一つないとても小さな部屋だった。はっきり言ってしまえばこれ以上になく劣悪な環境で、鉄臭く埃臭い。衛生面もよろしくないに違いない部屋であった。
その部屋の中にたった1人、置き去りにされたかのように座り込んでいる少女がいる。まだ子どもという方が正しい年頃だろうか。可哀想に、この環境ではあっという間に病魔に憑かれ、地に伏してしまいそうな、子どもの柔らかさと細さを持っていた。
しかし、当の本人はそんなこと知る由もないのだろう。人差し指でくるくる。無邪気に床に円を描いている。薄汚れた床に出来るたくさんの円を見て、少女はあどけない笑みを浮かべた。


「何してるんだ?」


そんな彼女に問いかける低い声。冷たい鉄格子を挟んだ向こうの暗闇から現れたのは、囚人服の大男。しかし彼女はそれに臆すること無く、元気すぎるくらいの明るい声で返した。


「あのねえ金貨!」

「金貨ァ?」

「うん。金貨!海賊船で、とりに行く途中の」

「海賊船?お前、結局海賊だったんだっけか?────エストラガル=カルム」


名前を呼ばれた少女は、大きな瞳をいっぱいに開いて、にっこり笑った。そんな彼女もまた、囚人服。


「ううん、違う!夢!楽しかったよー!それにくらべてここはなんにもないねぇ」

「当然だろ。牢獄なんだからよ」

「おい、見ろよ。もう聞いちゃいねぇぞそいつ」

「相変わらず気味の悪いガキだ」


ため息を吐いて、男はカルムを置いて定位置に戻る。白痴なんだろ、という声も聞こえたが、カルムは一切見向きもせずに、くるくると円を書き続けた。
そんな時だ。ガチャリと音がして、隣の牢獄に誰かが飛び込んできた。というよりは、看守の手によって乱暴に放り込まれた。土埃でカルムの描いた円が崩れる。


「うえ、あああっえっ金貨ー!!金貨どこ!!?」

「いってェな!!覚えていやがれこのっ……!!」


カルムは驚きとショックで間抜けな声を上げ、放り込まれた人間の方を見た。それに気付かず本人は怒鳴り声をあげながら起き上がり────その時、カルムの視線とその男の視線が、ばちりと合ってしまった。男は言葉を飲み込んで固まり、同様にカルムもびっくりしたように一瞬固まる。
なんだこのガキ。状況を飲み込めないままそう言う前に、彼女ににっこり笑われ、思わず小さく後ずさる水色の髪に特徴的な鼻の男。


「こんにちは!わたしカルム!」

「……あ、バギーです」


ノリで自己紹介をしてしまった男、バギーに、周りがざわつく。「バギーって聞いたことあるような」「あァ?知らねぇな」「あれだよ、イーストブルーの」「とうとう捕まったかザコめ!」だのなんだのという外野の声は、不思議とバギーに聞こえない。
謎の衝撃で固まったまま動けないバギーをじっと見つめながら、カルムは金貨のことはすっかり忘れて楽しそうに首を傾げた。

170210

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