5日目 「おれ様の名前が聞きたいかァ!?」
「ききたいともー!」
「ぎゃはははは!おれァ泣く子も黙る大海賊!キャプテンバギーだ!」
「へー!なんかキャプテンって名前の人おおいよね、わたし20人ぐらい会ったことある」
「ちげーっつのキャプテンは称号だ!バギーが名前!!キャプテン・バギー!!」
「キャギー!」
「変に縮めんな!わかったバギーでいい!バギー!!」
「バギー!わたしはカルム!エストラガル=カルム!」
「自分の名は言えるようで安心したぜこのスットンキョーめ」
「スットンキョーってなに?」
地獄の真ん真ん中。隠れ、走りながら、決して大きすぎない声で今日もバギーはカルムと話していた。使えそうだとは思ったが、まさかこいつも能力者だったとはこれ以上にない幸運。此奴は相当いかれているが、連れて出るにはそれくらいが丁度いい。これは使わない手はないと考えたバギーは、このバカをどう丸め込み協力させるか思案している最中だった。
「うお、獄卒!おいカルムっ!」
「あっうん、う、うあ〜いたいよ〜〜たすけてくれ〜〜」
話している最中に獄卒が近づいてきたら、カルムは痛がるフリをして、獄卒を引き付け一先ず遠くへ行く。そしてまたバギーの元へ戻る。これが完璧だった。昨日はある程度話したところでわざわざ外周させていたが、こっちの方が長く効率よく話せていい。 しばらくして戻ってきたカルムに、バギーは『バギーのこっそり脱獄大作戦』の話を持ちかけた。
「おめェ、ポートガス・D・エースの件は知ってるよな?」
「エース」
「奴には悪いが、彼奴に皆が注目している今がチャンス!奴の護送の前に此処をこっそり脱出、バレる頃にはおれたちはおそらく遥か遠くで自由の身ってわけだ!協力するだろ!?」
「え?えっと、それって、それって外に出るってこと?わたしが?」
「それ以外に何があるってんだよ」
「でも……外のほうがつまんない」
カルムの言葉に、バギーは思わずぴたりとしゃべるのをやめる。こいつのこの、退屈に殺されかけている精神をいかに持ち上げ、好意的に協力させるかが重要なポイントとなる。
「…そうか?昨日も話したが、おれァ今までそりゃあもう楽しい冒険をしてきたんだけどなぁ気の毒に」
「どく?」
「残念って意味だよ。おめェは此処にいさせるのは勿体ねェようなヤツだってことは付き合いは浅いがわかるぜ」
うんうんとバギーは一人頷く。カルムはよくわかっていなさそうな顔で同じように頷いていた。絶対にわかってないのがわかるからすごい。 それにしても、こいつは一体今までどれだけつまらない人生を送ってきたのだろう。貴族の生まれじゃ金はたんまり持っていただろうし、欲しいものも何でも買ってもらえる楽しい生活も想像できるが、こいつにはそんなことより窮屈であることが耐えきれなかったに違いない。どうしてこんな奴に育ってしまったのか、こいつも親も不幸だなとバギーはしみじみ思った。 しかし、その後家を出て、晴れて自由の身となった5年間も楽しくなかったのか。海賊船に潜り込んで共に悪事を働いていたにも関わらず、そいつらすら潰して出ていったという話をバギーは思い出して、うーんと唸った。
「おめェそういや…乗った船を潰したって聞いたが、ひょっとしてつまんねェから潰したのか?」
「えー、そんな事あったかなぁ」
カルムも首を捻ったが、たっぷり三十秒ほど考えて、ああ!と手を叩いた。
「思い出した!そうそう、つまんなかった。だっておじさん、やれ!やれ!しか言わないんだもん…だから降りるって言ったら、おこって叩いてきたから逃げた」
バギーは少し考える。それなら、自由にさせておけばこちらに危害を加えることは無さそうだ。 もうあと一押し。バギーは思わず笑ってしまいそうになるのを抑えながら、キリッとして言った。
「おれァそんな器の小さいことしねェ、降りたきゃ勝手に降りやがれ!とにかく、おめェをここから出してやる。そのあとどうするもお前の自由だ。シャバで大暴れしてやろうぜ!?」
「え?おりる?…えっと、わたしバギーと、同じ船に……冒険するの?」
「おめェほんと人の話聞かねぇな!?」
「えっ、わたし、え、だって、わたし、バギーといっしょにいくの?…ほんとに!?」
「だからそりゃあおめェの好きにしやがれと……」
「バギー」
改まって名前を呼ばれ、バギーはカルムの方を見る。カルムは珍しく真顔で、じっとこちらを見ていた。 目論見がバレたか、とバギーは一瞬焦ったが、その目はきらきらと輝いていた。カルムはしばらくして、ふにゃと笑った。
「バギーとなら、たのしいかも!」
だって、話しててすっごく、たのしかったの。
カルムの言葉に、バギーは天から金盥が降ってきたような衝撃に襲われた。
「そ、そりゃあ、おれだって、」
そういや、久しぶりに、楽しかったような。 ストレートに言われ、シドロモドロになりながら、カルムとの会話を改めて思い出す。 とんでもないところはあるし、ところどころ話は聞いていないが、冒険の話を真剣に聞く姿を見るのはいい気分だったし、親しげに話しかけてくるのも可愛げがあった。
「わたし、乗せてくれるなんて思ってなかった!うれしい!…うれしい!!ねぇ、まずどこにいくの?」
「そっそうだな……まずはやっぱりキャプテンジョンの財宝の件だな、当然だがまだ諦めきれねェ」
「うおー!たのしみ!ねぇねぇいつ出るの?!」
「そうだな、明後日の────」
「!!」
バギーがいいかけた時だ。突然、カルムがピタリと立ち止まり、バギーのパーツを纏めてはじき飛ばした。本当に突然の事だったので、衝撃で目を白黒させながらも「いってぇな!?」と声を上げようとした。が、すんでのところでバギーは口を噤んだ。 カルムの目の前には、獄卒が2人立っていた。
「誰と話していた!?」
「え、えー、えっとね…えっと……」
カルムは、なんだっけー、と間延びした口調で言いながら、指先で宙に丸を描き始めた。くるくる、くるくる、しばらくそうして、ようやくあっと声を上げた。
「あのねージョン!ジョンが、ね、地獄はたのしいかって。だからね、たのしいって答えた!」
「ジョン?どこの囚人だ!」
「囚人じゃないよ。ほら、あのね、キャ、キャプ…そう、キャプテン!」
「キャプテンジョン…?………こいつ、ゆ、幽霊でもみえてるのか…?」
獄卒の1人が、顔を青くさせて気味悪そうにカルムを見る。しかしもう1人は顔をこわばらせながらも、獄卒が幽霊を怖がるような真似はできない、と、三又槍をカルムに突きつけ厳しい声で言った。
「…貴様はいつも問題ばかり起こす!血塗れになっても足りないらしいな!私語は懲罰対象だ、ほら来い!」
カルムは、最後までぽけら、と間抜けに笑っていた。なんにも怖くないような顔をして、どこかへ連れていかれてしまった。
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