4日目 「また会ったー!!」
2日後、バギーはまたカルムに会った。お馴染みのレベル1、紅蓮地獄の中で、彼女は今日も今日とて血塗れになりながらも、ぽけーっと口を開けた間抜けな笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「おー覚えてた!すごくない?ね!すごいでしょ?すごいって言って」
「いや、フツー…というかまァそりゃあこのバギー様をそう簡単に忘れられるわけねェっつうかな!」
「鼻のおかげ!」
「誰がデカっ鼻だコラァ!!?」
頭と手足で詰め寄って、胸倉を掴む。脅したつもりだったが、しかしカルムは寧ろそれにきゃっきゃと喜んだ。非常に楽しそうである。馬鹿であり、聞いている年よりうんと脳みそ年齢が低い。段々バギーもその事に慣れてきていた。
「おい静かにしやがれ!獄卒に見つかるだろうが!!」
バギーが口元に指を持っていき静かにするよう窘めたが、カルムは別の事に気づいて、あっ!と大きな声を上げた。聞いちゃいない。
「あれぇすごい!?切れてない!!」
「あァ?切れてるだろうがこのスットンキョーめ」
今更自分のバラバラ状態について言及され、目が回りそうになる。頭がいっている奴というのはこれだから怖い。
「ほんとだ!切れてるのに切れてない!!なんで?魔法?魔法だ!」
「いや…、つうかおめェえれぇ今更だなオイ、一昨日だって頭だけで喋ってたろうが」
「とにかくすごーーーい!!」
目をキラキラさせてこちらを見ているカルムに、バギーは調子を狂わされながらも、しかし悪い気はしなかった。寧ろ少し上機嫌でカルムに自分の武勇伝を話し出す。元々バギーも変な奴にはそこそこ慣れているのである。
「ま、まぁな!おれがバラバラ人間じゃなかったら切り抜けられなかった場面も少なくねェ、なんせおれァいくつもの冒険を乗り越えて…」
「冒険?冒険したの!?」
「おう、まぁな!おめェくらいの頃なんてもう大冒険だったぜ!!あれはまだおれが────」
それから、バギーはカルムにたくさんの話を聞かせてやった。悪魔の実を食べてからのこと、下っ端時代の同期のこと、その海賊船での冒険の数々、自分の海賊団を持ってからのことまで、たくさん話した。 カルムの食いつきはものすごくよく、まるでその場にいるかのように楽しそうに目を輝かせ、バギーが話の中でピンチになれば息を呑み、嬉しい場面では万歳して喜んだ。 あまり長く話しすぎると見つかるので、話がひと段落付いたらフロアを一周してくるようにカルムに言いつければ、名残り惜しそうに去っていって、嬉しそうに戻ってくる。そうしてまた話を聞いては、何度も「いいなぁー!」と素直に羨ましそうな声を上げた。結構気分のいいことだった。
「いいないいなぁ、わたし、冒険ってしたことないの」
ガチャガチャと手枷をいじりながら、カルムは少し口の先を尖らせて言う。 それから、しばらくして「あ!」と思い出したように声を上げた。
「それで、なんで切れてないの?魔法?」
「おめェおれの話ちゃんと聞いてたかよ!?悪魔の実だっつの!!」
あまりにも噛み合わないのでバギーはカルムの額に思い切りデコピンをかました。コン、と小気味よい音が響く。 まるで中が空洞になっているみたいな音で、マジで脳みそが詰まっていないのかと衝撃的で思わずまじまじと見てしまったが、ふと、そこで違和感に気がついた。────こいつ、血塗れだが、よく見たら傷がない? もう1度、今度はきちんとよく見ようと腕をつかみ、バギーはさらにぎょっとする。その手は氷のように冷たかったのだ。
「なに?」
面白そうに首をかしげながらこちらをじっと見つめてくるビー玉のように澄んだ空虚な目と、冷たい体温に嫌な寒気がしながらも、彼女の掌を見れば、傷はあるにはあった。しかし、まるでプラスチックや硝子、或いは陶器の表面につくような細かい傷があるばかりで、やはりそこからの出血は全くないのだ。 カルムの服や身体にべっとりとついている血は、カルムのものではない。バギーと同じで、切っても切れていない。
「おめェ…やはり能力者か」
「うん?」
「そうだよなァ、剣樹にだって山ほど血なんてついてやがるし血塗れになるのなんて御茶の子さいさい、いくらだって誤魔化しきくよなァぎゃははは!」
「うん!真っ赤!見て見てここも、ここも、赤いよ!あははははは!」
「インペルダウンってのは案外ポンコツか、ええ!?能力者を2人も野放しとは、全く最高だぜこのハデ馬鹿野郎め!!そりゃあお前つまらねェ筈だ!」
「え?あはは!ポンコツー!!」
2人は何がおかしいのか、周りの悲鳴に紛れてしばらく笑い続けた。
170206 |