3日目 また次の日、バギーはエストラガル=カルムに会った。再びレベル1の剣樹の森の中、一昨日出会ったあの大穴の前だった。 バギーはキョロキョロと辺りを見回して、獄卒がそばにいないか確認してから、今日も血にまみれている彼女に木の影からこそこそと声をかけた。
「おい、おめェまさかまた落ちてくつもりかよ?」
「え?」
振り返ったカルムは、バギーを見て目をぱちぱちさせたあと、たっぷり10秒後に「ああ!」とひとつ頷いた。毎回思い出すのに時間がかかるらしい。やっぱり随分馬鹿なようである。
「このまえは教えてくれてありがとう!ライオンに会ったよ!たのしかったです」
「遠足気分か!ハデに酔狂な奴だなァおめェは!」
バギーが思わずそう突っ込めば、カルムはあははと笑った。この地獄で終始笑顔なのは根性が据わっているとバギーも思わず感心する。というか、昨日も一昨日もそうだが、こいつはこんなに血塗れで痛くないのだろうか。
「え?うん、痛くない!どうして?」
「どうしてって、どう見たって痛そうだからだよ」
「ちょっとよくわからない」
カルムは首を傾げたが、しばらくしてああ、と手を叩いた。
「そういえば、カルムはいたみをかんじないって、誰かが言ってたような」
「痛みを感じないぃ?」
「そうだよ!あはは」
カルムはまたひとしきり笑って、それから穴に視線を落とした。バギーも、つられて穴の方を見る。
「────つまんないんだ」
ぽつりと転がるように零れた言葉に、バギーは再びカルムの方を見た。その時には、彼女はもう、既に大きく一歩踏み出していた。 こちらに向けられたままの、青い、ビー玉のような目が、光を透かして空虚に光る。そうして口元だけは笑ったまま、さらなる地獄へ落ちていく姿に、バギーは目が離せなかった。
彼女の姿が見えなくなってしばらくして、ひくり、と頬をひきつらせながらバギーはひとり笑った。
「…いかれてやがる」
ライオンの方が、まだ楽しいってか。どうかしている。楽しいとか退屈とか、ここはそういう場所ではないというのに。 だが、奴の『痛みを感じない』というのには引っかかる。────ひょっとしたらこの馬鹿、己の計画の役に立つかもしれない。バギーは、密かにそんなことを考えていた。
170206 |