1日目
「ねぇねぇねぇ!あのね、あの穴ってなに?」

「…………」


バギーは足を動かすのは止めないまま、内心困惑していた。
此処は海底監獄インペルダウンのレベル1、紅蓮地獄。能力者だとバレていなかったおかげで海楼石の手錠をつけられずに済み、切っても切れないバラバラ人間の強みを生かしてこの地獄を楽々乗り切っていたバギー。
しかし、身体はそれぞれバラバラに浮いて隠れられたとしても、足だけは床に放たれた毒グモにやられるし、獄卒にバレてはおしまいなので、隠れつつ逃げ延びていたというのに、そんなところへ呑気に声をかけてくる血濡れの若造がいた。
細身で、小柄。随分若く、寧ろ子どもにも見える。腰まである長い金髪だろう髪と、その隙間から覗くこぼれ落ちそうな大きい青い目、血潮の透けるような白い肌、明るいソプラノの声。ボロボロであること以外はここには相応しくないように見えた。しかも、こんな所にいる時点で信じ難いがこの若造、どうやら女らしいのだ。


「落ちたら死ぬ?死ぬの!?」


首をかしげて、大穴を指さす彼女を見て、ここへ来た初日、初めてこいつと会ったときもこんな感じだったなとバギーは思い出す。
この女、あまりに現実とちぐはぐな存在なので、バギーは彼女を初めて見た時、幽霊や天使のような非科学的なものなのではないかという考えすら一瞬よぎったくらいだった。
しかし、幽霊にしてはぽかんと間抜けにあいた口元があほくさいし、天使にしちゃあ小汚い。それに手錠をしている。紛れもなく同じ囚人だった。


「ねぇねぇ?きいてる?落ちたら死んじゃう?」

「…死なねェよ!だが死ぬよりつれェ、そこはレベル2への入口だ!んなことも知らねェでここにいるってのかァ!?」


そう、天使なんかではない。寧ろ今、自分の存在を明るみに出し懲罰に巻き込もうとしている悪魔にすら見えるので、さっさと離れようと吐き捨てるようにいえば、彼女は何故か手を叩いて喜んだ。




「行ってくる!」


そう言って、あっという間に、消えた。
穴に落ちていったのだ。取り残されたバギーは、狐に化かされたような気持ちで、しばし呆然とした。


その後、牢の中に戻された時に、バギーがつい“カルム”についてこぼせば、噂好きの男が彼女のことを詳しく教えてくれた。
エストラガル=カルム。彼女は四年前、海賊行為及び殺人の罪状でここにやってきたらしい。しかしここへ来て尚、あまりにも素行が悪く、手に負えない上に少しも悪びれないので、現在あちこちの地獄を回されとうとう此方までやってきたという────齢19の紛れもない女性である。

170206

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