クルタ族襲撃if


【クロロ成り代わりの、もしものお話】


暗い夜空に冷たい風の音だけが響いている。遠ざかっていく飛行船を見送ったあと、私は東の方角を見つめてみた。
風が、実はあんまり気に入ってないコートを揺らす。逆十字が私を責め立てた。

あーあ、負けちゃった。鎖野郎、つよかったなぁ…ウボォーさんは、とうとう帰ってくることはなかったし、パクは…きっと。
続く言葉が頭に浮かび、無性に恐ろしくなった。もう会えない?小さい頃から、当たり前に近くに居たのに。もう会えなくなっちゃうの?

…ねぇ、何かできないのだろうか。
今からでもふたりを救うことはできないのか。ウボォーさんは、いまどこに。
なんて、どうにもできないことをどうにかしようと、混乱した愚かな頭が必死に動いている。
こんなところに一人取り残されている私に、何もできるはずがない。私には何にもできない。前からそうだ。子供の頃からずっと、出来ないままのことがたくさんある。
そんな私が、団長なんて大層な役目を背負うことのできる大層な人間ではないことはとっくにわかっていたよ。私はちっぽけだ。
でもせめて、そんなちっぽけな私だけど、出来ないことだらけだけど、今、これから死のうとしているパクを止めることくらい、できないのだろうか。
私がただ伝えればいいだけなのだ。私がこれから例え死ぬとしても、嘘でも私がたった一言「大丈夫だよ」って、言えば良いだけなのに。それが上に立つ者ってものじゃないのか。
それができない私は本格的に救えない。

念のためパクに電話をかけてみる。繋がるわけもなかった。まちがいない。
彼女は私なんかのために自分を殺すつもりなんだ。やだ、どうして、私より貴女が生きるべきだ。
ああ、私や彼女の胸に刃がなければ、そもそも私が緋の眼のときに流されなければ。
鎖野郎の歪められた顔も忘れられない。ああ、私は、わたし達は何てことをしているんだろうと。改めて思った。
悪いことをしていたのは知っている。やりたいようにやってきた。自業自得といわれればそこまでだ。
でも、でもなんで、罰を受けるのが私じゃないんだ。死ぬべきは、頭であるこの私なのに。
責任ある私が止められなかったのが悪いわけで、まちがっても、あのひとたちのせいじゃないのに。

あの街で育ったみんなは、そのへんの人よりたくさんのひどい事を知っている代わりに、肝心なことをしらないんだよ。みんな、最初にそれを奪われたんだよ。
でも私は知ってた。ずっと前に手に入れて、あそこで長く過ごすことによって古びても、奪われそうになっても、最後まで手放すことだけはしなかったから。
だからどれだけ悪くて、どれだけ可笑しいか、どれだけ罪深いか、私だけははっきりと、正確に知ってる。ほら、私が一番悪い。

目を閉じて、思い出すのはゴミの山たち。
みんなの、そして今は私のでもある、わたしたちの故郷。世界の片隅に堕とされ存在すら抹消されたわたしたちの、不確かだけど確かにそこにある、苦しくてそれでもやさしい思い出だった。
みんな、ずっと一緒だった。生まれ変わったばかりの頃、クロロになってどこか他人の人生を見ている気分だった私を、この世界にしっかり引っ張って、生きることを教えてくれたのは紛れもない皆だ。
シャルですら、何だかんだでわたしを生かそうとしてくれていたのは知ってる。
前世より何倍も貧しくて、友達なんて一人もいなくて、血のつながった人間には捨てられたけれど、私はみんなのおかげで、この世界が嫌いじゃない。前世にはなかった沢山のものを見たいって
今でも変わらぬ願いだ。その願いをみんなで叶える事こそが、私の生きる理由だったんだから。

でももう皆とは会うことはできない。
パクやウボォーさんはもちろん、他のみんなとも。
家族同然だったみんなとたった一言言葉を交わす事さえ許されないのだ。
当然か。だって鎖野郎もそうだったんだから。鎖野郎も、家族と言葉を交わすことを二度と許されず、わたしたちをただ憎んで一人で生きてきた。そう、私がこんな目にあうのは当然の報いだ。
ああ、なんてさむいんだろう。一人きりなんてシャルから逃げてる間ずっとだったし、慣れてるはずなんだけどなぁ。
鎖野郎は寒くないかな。ウボォーさんも今、寒くないかな。無性に心配だ。

目を開けた。何もない冷たい荒野と夜の黒が瞳にすっと入り込んできて、背筋がこおる。
気がつけばわたしのふたつの瞳は周りに誰もいないのをいいことに音もなく涙を零していた。




「ウボォーさん、パク」



みんなは聞き入れてくれない意見だったけれど
やっぱり生かすべきは蜘蛛だなんて、私は大反対だったよ。だって、誰かが欠けたら意味なんてなかったんだよ。

ああ、やるせない。
それでも私はこれから生きていかねばならないのだろうか。
そりゃあ、当然生きねばならないのだろうね。だって私は生かされた。



『ねぇ、団長』
『なんだ?』
『いつか…私が貴方の為に死ぬことがあっても、振り返らないで頂戴ね』
『……っそれ、どういう、』
『私は…たぶん“クロロ”に、生きてもらいたいのよ』
『…………嫌d『よろしくね』…いやd

『おーいパク!これちょっと手伝ってくれない?』
『わかったわ。団長、ごめんなさいね』
『…………いやだーー!!』



いつかパクは、そんなことを言っていたなぁ。振り返るななんて、無理に決まってるのにね。その時まで私の意見を無視して。まったくしょうがない。
結局最後の、強調するように言われた“クロロに”という言葉の意図は、よくわからなかったけれど、その時彼女がとても優しい目をしていたのをよく覚えている。

そうして今、わからないままにその一方的な約束どおりになってしまった。彼女に生かされたのだ。
だから今私はここにいて悲しんで苦しんで、それでもたっている。生きている。
涙はもうでない。なるほど、私は今生きているのか。人はそれだけで前を向いているというのだから、私はまだやれるのだろう。

なら、前進するしかない。時々振り返りながらも、前へ。
私がいくら逃げたくても、逃げるなんて選択肢は存在してはくれないんだから。

この先には日本が在るかもしれないなぁ。
いつかこの目でもう一度みたいね。そうだ、みんなも今度連れていきたいな。



私はもう一度携帯をとりだした。



「………もしもし、ヒソカか?突然で申し訳ないんだが、頼みたいことが……_」



《もしもクルタ族襲撃をしてしまったら》
130901

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