カーネリアンの濁り

お酒を飲んだ後は、決まって夢なのか現実なのかもわからないところをふわふわと彷徨う。皆と比べて大して飲んでもいないのにだ。私はきっとお酒に強くないんだろう。
強烈な眠気と格闘しながら、朦朧とする視界をめぐらせて、私はクロロを探した。ああ、結局聞きそびれてしまった。
クロロのほしいものって、なんなのだろう。宝石?ミイラ?古文書?────でもクロロはそれを、すぐに手放してしまう。
すぐ手放してしまうということは、欲を満たすために手に入れる、ということであって、そのものに対しての想いとは全く別なのだ。要するにそれは、本当に欲しいものとは違う気がする。じゃあ、なんだろう?
知りたい。何故って、さっき言ったとおりひょっとしたら私の欲しいものもそれかもしれないからだ。
あのクロロを満足させるものだもの。それはきっとすごいものに違いないし、そんなものであれば私のこの、みんなに呆れられるほどのほしがりも終わるかもしれないと思う。

欲しがりだとか無差別だとか、まるで私がとびきりのごうつくばりのようにそう言われるけれど、ちょっと心外だ。
私だって別に本当に無差別なわけじゃないのだ。たまにクロロや皆と価値観が噛み合わないだけで、私の中にもすてきなものとすてきでないものの区別くらいはある。だから一番とそれ以外の区別だってきっとあるはずだった。
先日のミイラのように、一番欲しいものもまた、クロロと噛み合わない可能性はある。しかしそれは絶対でなく、噛み合う可能性だってあるのだ。それは、昨日のダイヤモンドのように。だからやっぱり私は、彼の一番欲しいものを知りたかった。少しでも答えに近づきたい。
なんだろう。クロロの欲しいもの。きっとひどくうつくしく、世界一、素敵なものは────


「あーあ、ルイ潰れちゃってるよ。誰?ルイにこんなに酒飲ませたの」


誰かの咎めるような声が遠くで聞こえて、意識が僅かにそちらに向いた。なにか言おうと思ったが、さっきまで考えていたことに片足を引き摺られ、言葉がうまく思い浮かばない。
というより今、その誰かはなんて言ってたっけ…それすらあっという間に脳みそから抜け落ちていた。私は今、寝ぼけているのか。だとしたらさっきの考え事は夢の中でしていたのか。ぼんやり、どうでもいいことを考える。眠い。もう一度寝てしまおうか。
そうこうしているうちに、よいしょ、という掛け声と共に私の身体はふわりと浮いて、軽々と誰かに背負われた。よくよく考えれば、誰かなんてわかりきってる。数秒後、答え合わせのように私のすぐ近くから、やっぱりシャルの声が聞こえた。


「じゃあ俺達も帰るよ」

「それで帰るの?あんたら本当に昔から変わらないね」


シャルの声に続いたのは呆れたようなマチの声だ。それを聞いたシャルのあはは、と軽快に笑う声と、僅かな振動に頭が揺れる。ああ、酔いそう。嫌な感じがして、私は思わずうーんと唸って身じろぎした。
シャルは私がまだ寝てると思ったのか、何か言ってきたり降ろしたりはせず、私のことを背負い直した。


「まぁね。でもそれはみんなそうだろ?」

「自分じゃわかんないけど、そういうもんなのかね」

「そう簡単に変わらないよ、みんな」


そう言い残して、シャルは歩き出した。
私の脳みそももうだいぶ覚醒してきている。シャルの背に揺られながら、私は思う。変わるということは本当に難しいと。
三つ子の魂百までという言葉があるが、その通りだ。こうして二十過ぎても私は数々の欠点を克服できないまま、子供みたいに生きてるし、私達の関係もあの頃と変わっていない。
別にシャルと私だけでなく、私とマチも、私とほかのみんなも、一緒にいる時間が減ったくらいでなんにも変わっていない。
例え変えようとしたって変えられはしないだろう。人生はあまりに長い。だけれど、私が完全に完璧に変わるには、おそらくあまりに短すぎる。
私は、きっといつまでも流星街という場所に足をとられて生きていく。


「沼地のようだ……」

「あ、ルイ?起きたなら自分で歩きなよ」

「んー…うー」

「あ、ちょっと、おい!」


降りたくなくて、ぎゅうっと締めあげる勢いでしがみつくと、当然怒られる。
しぶしぶ埋めていた顔を上げれば、眩い光に両の目を焼かれそうになった。ああ、朝。また朝なのだ。飽きもせずに毎日やってくる、明るい明るい色。
まぶしくて、まぶしすぎて、私はしばらく目を細めていたが、段々と太陽の光に目が慣れてくる。
周りの景色を改めて見渡して、いつのまに仮宿から離れていたらしいと気づいた。私達は人通りの少ない帰路を歩いていた。そこに流れる時間は、昨夜の喧騒とは程遠く穏やかだ。それは、私達には不釣り合いな程に。
眩い朝も、穏やかさも、身の丈に合わないものだからか落ち着かない。だから、あまり好きではなかった。それでも、お酒が抜けないからだろうか。今日はなんだか気分が浮ついていた。
陽の光を浴びてきらきらと輝くシャルの金の髪が、風に揺れて時折視界をちらつく。それがとても綺麗で、私はなんとなく、こっそりそこにキスを落としてみた。シャルは気づかない。私は悪戯が成功した気持ちで、ふふ、と声を潜めて笑った。


「ルイさぁ、これ自分の弱みだってちゃんとわかってる?」

「なにが」

「酒だよ。こんな簡単に潰れるなんて知られない方がいい。騙されて飲まされて眠らされてる間に終わり、なんてダサい死に方がお望みなら別だけど」


いつもの、軽く揶揄うような口調だ。それは最もな意見なのだが────
そんなことわざわざ言われなくても。というか昨夜は、私が飲みたくて飲んだ訳では無いと言いたい主張したい。私は飲まないよう充分に気をつけていた、つもりだ。
でもそう言っても、きっとシャルはこうなってる以上気をつけてないようなものだと言って笑うんだろうな。…そもそも気心しれてる仲間相手なんだから、気をつけなくてもいいじゃない。


「言われなくても、わかってるよ。らいじょぶ、私そんなに普段は飲まないから」

「説得力皆無なんだけど。すすめられたら飲むだろ」

「そんなに間抜けじゃない」

「とにかくあんまり人前で飲んで、バレたりしたら駄目だからね。大体こんなの知れたら恥だよ、お子様」


顔は見えないが、きっと小憎たらしい顔をしているだろうとわかる声色に、私はむっとした。


「シャルだって…ウボォーとかみんなより弱いくせに…!このー!」

「ちょっいてて、暴れるなって!」


私が足をバタバタさせれば、シャルの腕が離れる。それを合図に私はすとんと地面に降りて、シャルを睨みつけると勢いよく体当たりした。
わぁー!!とか声を上げながら、二人で縺れるように地面に倒れた。


「っああもう、これだから酔っ払いはいやだよ。ほんとにばかだな、ルイって」

「そっちこそ」


私がすましてそう言えば、シャルは私を睨みながら、私の左の頬を引っ張った。
だから私は、代わりに右手でシャルの左の頬を引っ張っておく。

161016

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