見透かすクリスタル

私が倒した警官達を見て、弾む声で「どーせやる事になんだから来りゃいいんだよ」と私の肩や頭を叩く強化系の人達の力は、気分が上がっていたのか結構強く、私の体はたちまち悲鳴を上げた。
やめろ!と抜け出してシャルの元へ逃げれば、その隣にいたクロロと目が合う。クロロは私の方にお宝の入っているだろう箱を傾けて、口角を上げた。クロロも機嫌がいいらしい。
思ったより人数は多かったけれど、みんなにとっては敵にならないような連中だ。今日も仕事は正しく上手くいったということで、みんな気分がすこぶるいいのだ。
私はさっき拾ったきらきらをこっそりポケットに詰めて、みんなと一緒に笑った。



下準備を含め三日間続いた今回の仕事も終わり、今晩はようやくの打ち上げだ。
打ち上げは楽しいけれど、これが終わるとまたみんなとしばらく会えないから、それなりにさみしいな、とちびちびビールを飲む。
ひどい鉄の味がする。いやだなぁと思って私はすぐに缶から口を離した。そろそろ飲めるかと思って挑戦したが、やっぱりビール嫌い。珈琲以上に毒の味がする。何故みんなこれが好きなのか、私には本当に、さっぱりわからない。
でも、何とかして半分程は開けておかないと、誰かに捕まって一気飲みさせられる可能性がある。シャルの缶とすり替えるか…いや、近くにフィンクスがいる。バレる。
仕方が無いので、見つからないように地面に飲ませてあげようとキョロキョロすれば、ふと、遠くの方にいるクロロが目に入った。
何か考え事でもしてるのか、みんなと離れたところで静かに飲んでいるクロロの元に、なんとなくふらっと近寄る。気づいたクロロが、こちらに向かって手を上げた。


「団長、おつかれさま」

「ああ。ルイもおつかれ」


差し出されたビールの缶にこつん、と自分のをぶつける。衝撃でとぷんと溢れたビールを私は思わず睨んだ。これじゃあたくさん残っていることがバレるかもしれないじゃないか。
何か言われるかとそっとクロロの方を伺えば、クロロは首を傾げる。気にしすぎか。私はほっと息を吐いて、クロロの隣に座った。


「……ねぇ、団長、私今日ずっと、昨日団長が言ったことを考えていたの」

「だからぼうっとしてたのか」

「ごめんなさい、だって気になって」


私は素直に謝って、ビールを一口飲んだ。目が覚めるような苦みだ。それなのに目の前はチカチカ点滅して、頭がガンガンする。
くらりと揺れる脳みそで、考える。私はあれからもクロロの求める答えが気になって仕方がなかった。
欲しいものに、一番なんてあるの?そんなの、全部じゃないの?欲しいものは、全部欲しいに決まってる。そこに優劣をつけることに果たして意味はあるの?
クロロも私と同じように考えてると思ってたのに。クロロは一体私になんて答えてほしいの?


「クロロ、…団長は、一番欲しいものはあるの?」

「さぁね」

「あるなら教えて!だってそれ、私も欲しいものかもしれない。そしたら、一番欲しいもの、わかるし…」


私がそう聞けば、クロロは真っ直ぐに私の方を見た。クロロと改めて目を合わせるのはなんだか、どうしてかいやに緊張してしまう。無意識にぎゅ、と私は両手で缶を握った。
私の手の圧力で、缶はパキリと空気を破るような間抜けな音を立てた。クロロは私の手元をちらりと見て小さく笑った。


「俺が聞いたのはルイの欲しいと思ってるものだ。お前自身が純粋に一番欲しいと思うもの、俺の意見は抜きにしてな」

「…欲しいものは、全部欲しいに決まってる。全部一番欲しいよ。違うの?」

「まぁ、確かにその通りではあるな」

「……一番欲しいものって、それは私にとっていつでもあって、いつでもないものだと、私は思ってる」


クロロは私の言葉にぱちりと瞬きした。それからふっと噴き出して、くつくつと笑い出す。突然1人で笑うクロロに、私は訝しげなまなざしを向けるしかなかった。それから、恐る恐る尋ねた。


「…やっぱり、こんな答えじゃだめだった?」

「いや、そうか。なるほどな」


クロロは首を横に振ったあと、ひとり納得したようにそうやって頷いた。そしてまた呆れたような顔をして、この前と同じことを言う。たくさんのものを混ぜて、私に言葉を投げてくる。


「本当に、ルイは欲しがりだな」


ああもう、その通りなのだろうけれど。その言葉は、まさに私にぴったりなのだろうけど。今回ばかりは認めるのが嫌で、あなたもでしょうと反論したくなる。そうして、私は控えめに言い返した。


「…みんなそうだわ」

「ちがうな。こう見えて俺は、ルイほど無差別じゃない」


クロロの目が、また私をじっと見つめる。ううん、厳密に言えば少し下、私のコートを見ていた。
オーバーコートの大きなポケットの中に、私が未だに硝子の破片や川原のきらきらの小石を詰めていることに、クロロは気づいているんだろう。
急に自分が安くなった気持ちになる。だけど、だからといってポケットの中身を捨てようとか、そういうふうには思えなかった。
未だに、綺麗だと思う。こうしてたくさんかき集めて、いつかガラクタの海で溺れ死んだとしても、私は自らそれを手放せない。壊せない。
ただひとつ言いたいのは、私だってそれに価値がない事はわかっているし、それを手に入れて満足するわけでもない。ついでに、それに対する執着だって結局の所薄いと思う。
自ら手放せなくとも、きっと誰かに言われればあっさり手放せるのだ。それは、宝石も一緒。なんだっていいし、なんだっていらない。ただ、なにかポケットにあると、安心する。


「……ほしいものが、ほしいわ」


もはや私の口癖だった。
当然のようにこぼれ落ちたそれは、クロロに向かって言った言葉だっただろうか。そのつもりだったけれど、うんと逸れたところに飛んでいってしまった気がした。
クロロも、なんにも言わなかった。なんにも言わず、みんなの方を眺めてビールを飲み干した。
その沈黙が、私の周りを満たしてゆく。周りがわいわい騒ぐ中、私の周りだけ、夜の街みたく静かであるように感じられた。

ぼんやりする私が、ウボォーに捕まって輪の中に連れていかれるのは、それから数分後のことだった。

161011

prev next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -