揺らめくタイガーアイ

 この辺りの地域は、海からやってくる気団の影響で気候の変動が激しいそうだ。厄介なことに、今日ももれなく隣国が突然の嵐に見舞われているそうで、私達は気球も飛ばせず飛行船で移動することになった。その飛行船すら、遅延している状況なのだが。
 みんながぶつぶつ文句を言う中、遠くの空が曇っているのを見て、なんとなく、自分の胸に手を当てる。あの空は、今の私の心みたい。
私の心も今、嵐の前みたいに黒い雲に覆われて、不穏な空気が漂い、耳の奥では風が轟々と音を立てている。昨日からずっと、クロロの言ったことを考えつづけていた。
 クロロの言葉は私にとっては突然の嵐だった。しかしあの雲より簡単に過ぎ去らない。車に揺られ、ようやく動き出した飛行船に乗り込み、国境を越えれば嵐は弱まっていたが、考えれば考える程私のそれは心を埋め尽くす。
────一番欲しいもの?そんなことをクロロに聞かれる日がくるなんて思ってもみなかった。それどころか、一番欲しいものなんて考えたこともない。
 一体どういう心境で、クロロは私に聞いたのだろう。というより、どういう意味なんだろう。それがクロロのただの純粋な疑問でなかったとしたら、私には到底その意図はわからない。

もし純粋な、言葉通りの意味ならば。その質問の答えはおそらくノーでありイェスだ。私には、特別に欲しいものはない。ただ、目に付いた素敵なものはみんな平等に欲しい。
一番欲しいもの。それはいつでもあって、いつでも、ないものなのだ。欲しいものと、欲しくないもの。あるのはそれだけで、そこに優劣なんてない。
それが私の答えだが、クロロの聞き方はあまりに意味深すぎた。とてもそんなつまらない答えを求めているようには思えなかった。
突然やってきてあっという間に消えた嵐が残していった、やさしい雨の降りしきる中、私は、クロロの望む答えを考える。


「ルイ?起きてる?」


考え込む私にそう聞いて、顔の前で手を振るシャルは、私が立ったまま、しかも仕事の前に眠るとでも思っているのだろうか。
そうやって文句を言おうかと思ったが、気力が足りず面倒になって、結局視線で返す。そんな雑な返事に対して何か言うこともなく、シャルはよしと頷いて、下に見える博物館に目を移した。
その横顔は、いつも通りの笑みを浮かべている。今日も楽しそう。よっぽどの災難でもない限り、シャルはいつも楽しそうに振る舞う。そういうところは、それなりに尊敬する。当たり前だが印象が良いし、すきだ。そうしてぼっとシャルを見つめていたら、再びシャルがこちらを振り向いた。


「結構広いし、こんな天気だけど大丈夫?」

「余裕」


見ていたとバレないようになんとなく視線を逸らしてそう呟けば、近くにいたフェイタンがすかさず私の言葉を拾い上げ、鼻で笑った。


「余裕?昨日役立たずだた奴の言葉か」

「今日は役に立てるもの」


フェイタンの言葉にむっとして思わず言い返せば、温度の低い瞳が私の方を向く。交わった視線がばちりと火花を散らしたような気がした。
シャルにもそれが見えたらしい。はいはい、まぁまぁと私達の間に入って、「ただでさえ時間押してるんだから揉めないでよ」と諭してくる。私はフェイタンから目をそらした。


「ルイ、いけるか?」

「…うん」


問いかけてきたクロロに肯けば、みんなが少し私から離れた。“千里眼”のお出ましだ、とかなんとかはやし立てる声が聞こえる。
千里眼なんて大層なものではないと何度も言っているのに。いくら言ってもきっと、私の目を借りて見てみなければわからないんだろう。
実際の能力的には千里眼には遠く及ばないチンケなものだが、性質はまぁ似たようなものなのでもう訂正は諦めた。私は静かに目を閉じる。

これを使うのに、何にもコツなんかいらない。ただ“ほしがれば”いい。
そうすれば、次第に私の両の目の温度が冬の夜の淋しさのように冷たくなっていくのがわかる。目を見開いたのを合図に熱を求めて駆け出した視線が、その淋しさを埋めるため、私の心に熱をくれる素敵な宝石の元へ、何度も壁や物にぶつかりながらも向かっていった。
そうして辿り着く。私の目には、正しく道が見えていた。


「───入口に警備が2人、二階と三階に巡回が3人ずつ。警備室にも2人、モニターで見てるみたい。…夜の警備にしては多すぎない?」

「昨日俺達が散々暴れたのを忘れたか?大方隣国から連絡が行ったんだろ」

「なるほど」

「宝石は?」

「三階の中央。階段上がったとこ。…だけど、近くを巡回してた奴が手を伸ばしてるみたいに見えた、運び出そうとしてるのかも」

「急いだ方がいいかもな」


クロロはひとつ頷いて、博物館に目を向ける。
その後ろで関節を鳴らしたり、肩を回したりしているみんなは、とっくに準備が出来ているみたいだった。今度は私が少し離れる番だ。
合図と共にみんなが動き出すのを風を受けて感じながら、私は目を閉じた。そうしてまた、さっきと同じことを考える。

160925

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