ラピスラズリは問いかける

あの後冷静に考えてみて、繊細で貴重な歴史の産物を展示してある博物館に物を盗りに行くのに、あんなにドンパチやってしまってミイラは大丈夫だったのかとほんの少し心配になった。
ミイラの良さはわからないけれど、価値くらいは私にだってわかっている。お金に換えたらきっと笑ってしまうくらいの楽な暮らしが手に入るだろうし、ガラスケースの中に大事にしまってみんなで鑑賞するほどの、お金に代えられないような価値さえも人類は見出しているのだ。
あんなに大騒ぎして、脆い死体が破壊されてしまっては、私達にとっても人類にとっても大きな損失だろう。大丈夫だろうか。

しかし、そんな私のつまらない心配はやはり杞憂だったらしい。私なんかよりずっと上手にものを壊せる、奪う達人みたいな盗賊のみんなと、何百何千の歴史を乗り越えてきたミイラには、大きな問題ではなかったようだ。
アジトに帰れば、クロロの横に、ついでに盗ってきたらしいお宝たちと一緒にそれは綺麗な形のまま、ガラスケースごと置いてあった。なんだか妙にしっくり来ている。
やっぱりミイラも博物館なんかより、クロロのそばがいいよね。と私は勝手に思って頷いた。だって、眠りについたどこかの王女様に、きっと博物館はうるさすぎてかなわない。クロロのもつ独特の静けさみたいなものは私だってだいすきだもの。わかる、わかるよ。


「団長、お宝見てもいい?」

「…ああ、好きにしろ」


少し親近感が湧き、ミイラをもっとよく見てみたくなってクロロに声をかければ、本を読んでいたクロロは本から目を離さずにそう言って手で合図をした。
近づいて、ミイラをのぞき込む。ふわりと、なんだかカビ臭いような臭いがした。なんだ、ますます普通の死体だ。土に還れなかった、掘り起こされて晒しものにされていた、かわいそうな偉人の死体。


「…やっぱり私、ミイラは好きじゃあないな」

「……お前はわかってないな」


私の言葉に本から顔を上げて、クロロはやっぱりそう言った。予想通り、一文字のズレもない。面白くない言葉をおぼえてしまったなぁ、と思いながら、顎に手を置き私の理解度の低さについて考えている様子のクロロと、ミイラを見比べる。少しずつ、私が間違っている気がしてくる。


「古代に思いをはせるとか…たまにはそういうことをしてみたらどうだ?」

「それよくわからないから嫌」

「本を読まないから、そうやって宝石ばかり好むんだ」

「だって、本は難しいの。宝石は簡単。きらきらしてるからすてき」

「ふ、まるでカラスだな」

「カラスって、ちょっと。あんまり馬鹿にしないで、団長」

「はは、悪い」


流石にむっとして抗議すれば、クロロは笑った。それからミイラのガラスケースをぽんと叩いて、悪戯っ子のような目で私を見た。


「まぁ、俺もこのミイラその物に深い興味があるわけじゃないんだ」

「ええなにそれ、馬鹿にしたくせに…!」


私の文句も大して聞かずに、クロロはミイラに目を移す。そっとガラスケースを撫でて、馬鹿な私にもわかるように一から説明を始めてくれた。みんなまじめだなぁ、と、色んなことを丁寧に教えてくれるエメラルドの瞳の彼を思い出しながら、私はクロロの話に耳を傾ける。


「これは約千年前ここにあった一国の、4代王女のミイラさ。一説によれば彼女は摩訶不思議な能力の使い手で、自分の身につけているアクセサリーや宝石の類い計111個に呪いをかけたという…十中八九念能力だろうな」

「えっ宝石?」

「明日盗りに行くのはその内の1つ。親交の為と隣国に贈られた、呪われたダイヤモンドだ」


宝石と聞いて思わず反応してしまう私を小さく鼻で笑って、クロロは明日の計画へと話を移す。
それを今度こそ、はじめから終わりまでしっかり聞いて、頭に記憶した私の目はまだ見ぬ宝石をうつしてきらりと輝いたことだろう。それを確認したらしいクロロが、笑みを深める。


「明日はお前も参加できるんじゃないか?」

「できる、たぶんできる。どんなダイヤモンドだか、例えば大きさとか色とかがわかれば、きっともっといいんだけど」

「シャルに写真を見せてもらうといい。明日は期待してるよ、ルイ」

「うん!」


なんだ、なんだ。宝石に念をかけるなんて、そのセンスが素敵じゃないか。すごいなぁ、素敵な人だったんだなぁ。
感心しながら、機嫌よく、今はカビ臭いミイラになってしまった王女様を見つめる私を、クロロは観察するように見ていた。
クロロが、変わったものを見るように私を眺めるのは割とたまにある事だ。こういう時、視線を返す必要はなかった。


「ルイの能力、ミイラも透かして見えるのか?」

「見えるけど、ただ古い骨があるだけ」


クロロに問われ、“お見通し”を使って見てみれば、本当にそのとおり、ただ古い骨がみえる。関節が著しく脆くなっているので、ちょっと力を加えただけで崩れてしまいそう。しかし、それだけではなかった。


「あ、右手にルビィの指輪してる」

「あげないよ」

「…わかってる」

「お前は欲しがりだからな」


呆れたというようなため息と、笑いと、色んなものを混ぜて、私から目をそらしたクロロは言う。ほしがり。その言葉は本当に私にぴったり過ぎて、そうね、と頷く以外に私に選択肢はなかった。
やっと本の世界に戻ろうとしていたクロロは、そんな私に、ふと気になったというふうに再び顔を上げて私の目をまっすぐに見て、こう尋ねた。


「一番欲しいものはないのか?」

「────え、?」


その言葉に、私は思わず息を止めた。
それと一緒に時間も止まったような気さえした。

160826

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