マラカイトの抱擁

次の日目を覚ますと、シャルはどこかへ出かける支度をしていた。私は寝ぼけた眼でそれをたっぷりと眺め、それから時計に目を移す。もうお昼前だった。流石に起きなくては。
だるい身体に鞭打って、のそのそと起き出し携帯を確認する。不在着信が1件。慌てて確認してみれば、クロロからだった。


「………もしかして」

「あ、ルイ、やっと起きたのか。そのもしかしてだよ」


シャルは呆然とする私に仕方が無さそうにそう言って肩を竦めた。それから「今回はまた随分と急だな」と楽しそうに言う。
おそらくシャルのところにも連絡が来ていたのだろう。クロロから私たちに連絡があるなんて、考えられる用事は一つしかない。要するに、また一仕事するという事だ。
なんて事だ。どうして起こしてくれなかったのだろう。ひょっとして昨日のことをまだ怒っているんだろうか?シャルの意地悪。私は、とにかく何か一言言ってやろうと口を開きかけた。

そして、なんにも言えないまま、私は口を静かに閉じた。何故かって、恐ろしい考えが頭を過ぎったからだ。────いま、私は、マトモに仕事をできるのだろうか?私の目は、今────


「大丈夫だよ、ルイ」

「………ぇ、」

「そんな顔しなくたって問題ないから」


私が余程悲壮感漂う顔をしていたのだろう。シャルは苦笑いして、穏やかな声で私に言った。


「今回は集まれる人だけだって。ルイは行かないでおけば?まだダメなんだろ」

「…うん」

「クロロには言っておくから」


シャルはそう言ったあといってきますと続けて、さっさと部屋を出ていってしまった。と思えば、すぐに再びドアが開き、ひょっこり顔だけ出して付け加えるように言う。


「暫く此処いるだろ?というかほっとけないし、いなよ。とりあえずなんか必要なものあったらこっちに持ってきておいて」


私が何も言えないでいると、「あと出来たら掃除もヨロシク」と更に付け加え、シャルは今度こそ出ていった。なんてことない顔して、いつも通りに振舞ってくれているのだろう。


「………情けない」


これ以上になく、気を遣わせてしまっている。
情けない、ほんとうに、情けない話だ。私の口から漏れるほとんど泣き声みたいな声に、ますます情けなくなって、なんだかこのまま消えてしまいたいとすら思った。最近の私、いつもこうだ。最悪だ。



自分の家に帰ると、冷たい部屋で宝石たちが私の帰りを出迎えた。しかし、私はその眩い光を素通りして、鞄に服とお金を淡々と詰めていく。
それから、ついでにタンスの上に置いてある古ぼけた瓶をひったくるように掴み、鞄の中に放り込んだ。かしゃん、と音がする。ガラクタの音。
それは硝子の破片や川原のきらきらの小石、ポケットの中に溜まっていたそんなものをまとめて詰め込んだ、私が一番古くから持っている一番くだらない宝物だ。私が今まで、どうしても手放せなかった物たちを詰めた、小汚い瓶。
眩い宝石と違い、鈍く弱々しい輝きしか持っていないけれど、部屋で静かに向き合うには、丁度いいように思った。今まで生きてきて、見てきたいろんなことを思い出せば、今度こそ、今度こそぬくもりなんて鼻で笑ってしまえる。そうだ、そうだ。だって私は、故郷で、そういう人生を送ってきた。
それを否定するなんて、許されることではないのだ。私たちを捨てた者達を肯定するだなんて、そんなのはダメだ。だから私は今日まで必死だったし、これからも抗い続ける。何としてでも、私のこのおかしな感情をねじ伏せなければならない。
そう思いながら、重たい体を引きずってシャルの家に戻り、私はひとり、瓶をかかえて隅で顔を伏せた。あたたかい、そんな気がして、眠たくなった。

170626

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