ルビーとサファイア

結局、辿りついたのはシャルナークの家だった。
部屋に入るなり、シャルは再び「はーあ」とわざとらしくため息を吐いてソファにダイブしていったので、私はどうしたものかと少し悩んだ後、その上にダイブした。ぐえ、と言ってシャルが身をよじる。そうして向き合い目が合うと、呆れ顔で「重いなぁ」と暴言を吐かれた。


「ひどい、シャル」

「…………」

「…なに?」


シャルが不意に、胸が詰まったような顔をして私を見つめるので、今度は私が出来るだけ穏やかな声で問いかけ、首を傾げる。迷子の子供を相手にするように、シャルがしてくれるように。
そうしたら、シャルはそれには答えずに、黙って私を引き寄せて、ぎゅう、と抱きしめた。さっきは反省しなよって言っていたくせに。


「シャル、わたし、反省してないよ」

「うん」

「いいの?」

「うん」


結局こうだ。やっぱり、シャルは私に何でもくれる。今回は需要と供給が一致したということもあるけれど、それにしても、結果的に私を甘やかしていることに変わりない。
こんなにも甘やかさなくてもいいのに。私がそう思っていると、段々と息が苦しくなってきた。次第にシャルの腕の力が強まっているらしく、終いにはぎゅうぎゅうと、絞め殺すくらいに抱きしめられる。
半分位殺そうとしてるようにも思えて、私は平気な顔をしながらも、肩に力を入れて、潰れないように絞られないように、必死に耐えていた。


「シャル、死んじゃう」

「流石にこれくらいじゃ死なないでしょ」

「でもくるしい」


私が苦しげにそう言えば、シャルはようやく私の肩を掴んで、体を離した。大きく息を吸いこんで、すぐ近くにあるシャルの目を見上げると、大きな瞳は揺れている。


「ああもう、どうしたらいいんだろう」

「………」


私の肩を掴む両の手は震えている。どうしたらいいのか、それは私にもわからない。しかし、シャルのその気持ちは、私にも何となくわかった。
私にはわかる。シャルが持て余している狂気や、力や、苦しみ、虚しさ、そういうの、ぜんぶわかる。私も似たようなものだから。
子猫を飼えば、きっといつか潰してしまう私達だ。私が宝石を可愛がるように、シャルも私を大切に可愛がってくれているのだ。
愛なんてものはわからないが、私たちにとって、それは本当の気持ちなのであった。


「………さて、どいたどいた。適当に食べ物用意しておくから風呂行って来なよ」


起き上がり、私に背を向けてキッチンに向かったシャルの背中を目で追う。
私たちはきっと奇妙だ。こうして抱きしめ合うことはそんなにないが、例えば寄り添って眠ったり、ひそひそ話をしたり、そういう子どもの戯れみたいなものを未だに手放せずにいる。
私たちとは何なのだろうか。世間一般では、私とシャルの関係には、どんな名前が付けられるのだろう。友人?恋人?家族?何度考えても、そのどれも違うように思える。答えなんて見つかるはずもなかった。だって、だから奇妙なのだ。それでも何度も、考えてしまう。

そういえば一度、触れるだけのキスをしたことがある。私が月曜日のドラマを見始めた頃に、テレビを指差して、想像出来ないよね、と笑った時。『今の私が出会ってもいない、知らない未来人とこういうことする日って、あまり想像出来ないなって』。そう言ったら、シャルは突然私の手を掴み、不意打ちのように唇を重ねて来たのだ。
スローモーションのように見えた、そのときの情景、きらきらと視界の端で揺れる光、シャルの流れる金色の髪、すぐ近くの、エメラルドを隠す閉じられた瞼。それを今でも覚えているなんて私も案外乙女なのかもしれない。
だけれど、そのとき私が感じたのは、ときめきでもなんでもなく、ただ、『ああ、こんなものなのか』という呆気さと、すこしの切なさだった。
そのあとどんな会話をしたかは覚えていない。ただ、離れた瞬間のシャルの表情だけは覚えている。自分からやったくせに、なんとも言えない顔をしていた。私はシャルじゃないからわからないけれど、でもきっと、私と同じことを思っていた。
いつかきっと、こうして、離れていく。


「………おふろ」


私は思い出したように呟いて、浴室へと向かった。鏡の前に立ち、上着を脱ぐと、首元で光るものに自然と目がいく。
先ほどシャルが握り潰そうとしたペンダント。装飾は歪み、欠けているところもある。肝心のエメラルドにも、ヒビが入っていた。エメラルドは圧力に弱い、とても繊細な石なので、無理もないことだ。しかしそうしてひしゃげても尚、照明を浴びてきらきらと光っていた。
私はそれを見て、皮肉ではなくシンプルに、シャルのようだ、と思ってしまった。それと同時に、私のようだ、とも。

170624

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