キャッツアイは見ている

シャルはただ私に帰るって言ったけど、果たしてどっちの家のことを言っているんだろう。
と考えながらシャルに連れられて歩いていたら、どっちの家にもつかないうちに、シャルが立ち止まって振り返った。いつもながら、その高身長に見下ろされる。


「あのさぁ…」


シャルはそう言って、おもむろに私の首元に下がっている細いチェーンを引っ張った。するりと服から出てくる、エメラルドのペンダント。
これがどういうものなのか、シャルは気づいただろうか。気になって、シャルの顔を見る。しかしシャルは変わらず真顔で、ペンダントに指をすべらせると、徐ろに二つの指で摘んで力を込めた。
ぐにゃりとまがる装飾に、私はあ、と声を上げる。声を上げたが、いろんなことが不可解でその次の言葉は出なかった。


「ルイの勝手かもしれないけどさ、それでも相手は選んだ方がいいよ」


シャルはしれっとそう言う。私は未だに力を込められ続けているペンダントとシャルを見比べる。頭の中ではいろんな言葉が浮かんでは消えた。
────おや?曲っている。壊れたんだ。壊れてしまったぞ。何故?シャルがやったんだ。何故?気に食わないのか?何故ペンダントが────
いろんなことがわからないまま消えていったが、一つだけ考え至ったことがある。この瞬間、シャルが初めて、私からものを奪ったということだ。
今まで、仕方が無いなぁ、こどもだなぁと言っては私に与えてくれていたシャルが。


「ごめん、つい」


何も言わない私に、真顔でそういうシャルは、悪いなんて微塵も思ってないんだろう。形だけ謝っている感が滲み出ている。
やっぱりとても機嫌が悪いのだと思う。何でだろう。私が私らしくないことをしたから?シャルはやっぱり、たまにちょっと面倒くさい。私のせいで怒っているシャルに対してどうすれば正解なのかもわからず、私は困ってしまった。
しかし、多少面倒くさくても、もうとっくに慣れたことだし、これもシャルだ。いちいち不満に思うようならこんな長い付き合いにはなっていない。私はそんなに根気強くない。
けれどこうして怒っているところを見るに、シャルの方は私に不満があるのは明白で、それでも私に手を差し伸べるなんてシャルは本当に根気強いなと思った。こんな、どうしようもない私を、見捨てないんだもの。


「……ごめん」


シャルが一応謝ったのだから、私も一応謝っておいた。私らしくないことをしたことに対してではない。壊れてしまったこの宝石をくれた、あの日のシャルに対して。
ごめんね。宝石は未来のあなたに砕かれました。その上当の私は、宝石がひび割れて嫌な音を立てても、理解以上のことを感じることができませんでした。
壊したのがこれをくれたシャル本人だったのもあると思う。やっぱり、私はこれそのものを所有していたかったわけではないのだ。シャルがくれたものだから、すきだったのだ。
ほしいほしいとあんなに手を伸ばしていたのに、すてきすてきと抱きしめていたのに、こんなにあっさり、さよならできる。
シャルは謝った私に対して、怪訝そうな面持ちで私を見た。


「……なんで謝ったの?」

「だって、せっかくくれたのに。憶えてない?これ、シャルがくれたんだよ」

「…え、これ、俺があげたものだっけ」


シャルは驚いたようにそう言った後、ぼんやりとした目で、そういえば、そうだったかもなぁとぼやいた。


「そっか、おれがあげたんだった」

「そうだよ。だから、ごめん」


シャルは、もう一度謝った私を見て、あー、と声を出した後、深い深いため息を吐いた。それから、私のおでこに向かって右手の人差し指をびっと突き出した。シャルの顔は、もう怒ってはいなかった。いつも通りのシャルだ。


「それにしても、やっぱり人は選んだ方がいい。よりによってヒソカって、尻軽すぎて流石の俺も引いたよ」

「…だって、だって」


だって。


「…わたし、ほしいの」

「はいはい、わかったから。」

「……」

「な、なんだよ」


無言のまま手を前に構えて、じりじりと距離を詰めると、シャルは僅かに狼狽える。それからすぐに私の意図を理解し、正気かと言いたげな表情でますます動揺していた。え、ちょ、とか何とか溢しながらも、しかし流石冷静なシャルナーク。
瞬きの隙間で平静を取り戻したらしく、私の進行は彼の長い手によって頭を押さえつけられ止められてしまった。


「ばか。ちょっとは反省しなよ」

「ううー、うううー」

「せめて人語話してくれる?ほら、帰るってば」


突進を諦めて、今度はその場から動こうとしない私の手をとり、シャルはあやす様に言う。私は、なんだか泣きそうだった。どうしてだろう。なんか、どうやって息をしていたのか忘れてしまったみたいに、息が苦しくて胸がしめつけられる。
溺れるように精一杯息をする私に、シャルはわからないものを眺めるように困った顔をして、ぽつりと言った。


「……そんなにほしいの?」

「わかんない、わかんないから、こまってるの」


ただ、確かめたかっただけなの。でもそれは、シャルではだめ。そしてきっと、ヒソカでもだめで、じゃあ、一体誰なら正しい答えなのだろうか。一体誰が、どんな人が、人のさみしさを埋めることの出来る“ぬくもり”を持っているのだろう。

170428

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