ジャスパーに埋もれる

あれから、家を出ることが再びなくなった。
ヒソカが彷徨いてるんじゃもうクロロの所にはいけないし、買い物もできないし。他に特にこれと言った用事もない。
だからあれから私は、家で金庫の宝石を眺めたり、宝箱の中に並べてある口紅コレクションをぼんやり眺めることが多くなった。
その間ヒソカからメールが来まくっていたが、到底返信する気にはなれない。しかし着信拒否も仕事に差し支えるし、そうするまで目障りなわけでもなかった。だから、都合良く無視して、1人宝石と口紅の世界に浸る。
どちらも故郷を出たその日から集めていたが、このところ、私のこのコレクションはヒソカと買った口紅を最後に増えないでいた。

順番に金庫を開けて、一通り眺めて、閉める。そうしてきらきらを閉じ込め、私だけが飼っている感覚はいつだって心地よかった。…それなのに、何故。
私は大きなエメラルドをひとつ手に取って、深いため息を吐いた。


「…きれい」


嗚呼、こんなに綺麗なのに、どうして。
どうして私は今、手放しにこれらを愛してあげられないのだろう。前はもっと、この子のこともたくさん褒めていた。眺めていたら、たくさん褒める言葉が浮かんできた。
新緑を閉じ込めたようだね。あまりに神秘的だから、すべて見透かされている気分になるよ。一体どこまでうつくしさを知り尽くしているの?欠けたって綺麗に違いないのに、完璧な姿でいるのだから綺麗に決まっているね。…そんな風に。
それが、今、これっぽっちも浮かばない。綺麗なのはわかっている。だけど、心が震えるような思いにはどうしてもならなかったのだ。

そんな私に、さみしいのだとヒソカは言った。あの時はそんな事ないと思った。そんな筈ない。だって、さみしいなんて今までに一度だって感じたことはなかったのだ。
いつだって、きらきらさえあれば私の中の空白は簡単に埋まったから、さみしさを感じるよりも前に私はいつも満たされていた。そんな私が、さみしいと感じる日はずっと来ることはないのだろうと、そう信じていた。
それなのにどうだ。私の心は、宝石を前にしてもこんなに渇いている。芽吹くようなエメラルドを手にしているのに、少しも満たされない。

私はエメラルドを元の場所に戻し、丁寧に金庫を閉めた。そうして、とうとう一番端にあるひとつの金庫に目を向ける。その時の私の表情は、きっと情けないものであっただろう。
私はもう一度ため息を吐いた後、そこの鍵を引き出しの奥から取り出して、慎重に開けた。そこに仕舞ってあるのは────シャルナークや団員から貰った、宝石とガラクタだった。
一つ手に取る。これは、故郷を出てからシャルが初めて盗ってきてプレゼントしてくれたエメラルド。大きくもないが、小さくもない。先ほどのとなんら変わりない美しい宝石だ。
だけど、さっきと違い、これを手にしているとじんわり思い出が滲み出てくる。手渡してくれたときのシャルの表情とか、何でもなさそうに言った言葉とか、そのすべてを私は忘れはしない。これを見る度、思い出していた。
そして、今の私には悔しいことに、これを見る度、より一層幸せな気持ちになるのだ。同じ宝石なのに人からもらった思い出の詰まった方を見るとこんなに違う気持ちになるのだって、私はすごく嫌だった。

思い出に左右されるなんて、そんなのおかしいに決まってる。どうして私は、何より好きだったこのつめたい輝きと共通点のないものを求めたりなんてしてるの。


「…ちがう、ちがうの」


私は頭を振って、言い聞かせるように何度も何度も言った。私は宝石がすき、私はしあわせ。ぬくもりなんて、ほしくない。
そう思わなければ、私はやっていけないのだ。そうじゃなきゃ、今まで生きてきた私ごと、救われなくなってしまう。

そうして泣き出しそうな私を慰めるように、シャルのくれた宝石は私の掌できらきらと輝いていた。

170403

prev next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -