クンツァイトには届かない

「宝石みたいだな」


私に向かって唐突にそう言ったのはクロロだった。“ほしがり”を使って(今度は故意にだ)クロロの元を訪れた私の方こそ、クロロにとっては“唐突”だったかもしれないが、クロロは私を見ても少しも驚かず、顔色一つ変えず、挨拶よりも前にそんなことを言ったので、やっぱり私が面食らってしまった。


「え?」

「能力を使う時のルイの目だよ。“千里眼”はローズクォーツ、“透視”はレッドベリル、“呪い”はホープダイヤモンド。ひょっとして、気づいてないのか?」

「気づいてない。そうなの?」


何年も使ってきたが、そう言えば鏡の前で使った事はなかった。まさか、自分の目がそんな事になっていたとは。それって、それって────とっても素敵なのでは?


「…抉るなよ」

「あ、」


クロロの声で、自分の手がそろりそろりと目に向かって伸びていたことにようやく気づく。慌てて下ろして、咄嗟に手を後ろに隠した。自分の手癖の悪さに、自分でも驚いた。
クロロは、もう私の方はとっくに見ておらず、本を読むのを再開している。しかしそれでも何だか気まずくて、私はとりあえずなにか当たり障り無い話を、と考えた。
“ほしがり”がローズクォーツ、“お見通し”がベリル、それに、“捨てる”はホープダイヤモンドか。ホープダイヤと言えば、持ち主を次々と破滅させ、不幸の死に追いやり人の手を渡り続ける、伝説の呪われたブルーダイヤモンドのことだ。
死をもたらすあたりは、性質が似ている気がする。偶然だろうか?それとも私は、生まれながらの宝石狂いだったということか。


「…ホープダイヤモンドってことは、わたし、いつか呪われちゃうのかな」


思ったことを思ったままに呟けば、クロロは本から目を離し、顎に手をやって少し考えた後、言った。


「例えそうでも呪われるのはお前じゃない」

「なんで?」

「これはオレの意見だけど、ルイの能力は本人との関わりが深いからな。お前が所有者というよりは、その能力はルイ自身という方が近い」


何でもないふうに放られたクロロの難しい言葉を、私は噛み砕くためしばらくじっと考えた。それからはっとして、ひどく慌てた。


「じゃあ、じゃあ私のこと持ってる蜘蛛の、頭のクロロのこと、呪っちゃうのかな」

「呪うのか?オレのこと」


クロロは、思った以上に焦った声で訴えた私を落ち着いた様子で眺めながら、そんなことしないだろう、とまた自信たっぷりの魅力的な目をして言うので、私はなんだか何にも言えなくなった。クロロは本を置いて、私をじっと見た。


「あてにしてるよ、その目」

「うん。…うん、うん……」

「…………」


初めはうん、としっかり頷くことができたけれど、すぐにここ最近の出来事がフラッシュバックして、次第に自信が薄れていく。しょぼしょぼと萎んだ情けない返事によって、私はここに来た目的を思い出した。


「…ねぇ、団長。私、最近おかしいの」


そう切り出せば、クロロは前の椅子を指した。座れということだろう。私は甘んじて、しかしななるべく慎重に椅子に座った。それから再び口を開く。


「クロロの言った、目に見えないもの。わたし、一瞬だけそれは、愛なんじゃないかって、思ったの」

「愛か」


珈琲を啜っていたクロロは、私の言葉に少しだけ馬鹿馬鹿しそうに、それでいて呆れたように優しく笑い捨てた。私はそれを聴いて、少しだけ慌ててしまう。もうとっくに思われているかもしれないけれど、クロロに馬鹿でつまらないと思われるのは、嫌だった。


「ああでも、でもね、大丈夫。一瞬だけ思ったけど、今はやっぱりちがうと思うんだよ。だってそんなの、陳腐でくだらない、から……」

「………」


クロロは何も言わない。ただ私の次の言葉を静かに待っている。それが私をますます混乱させた。
「そうだよな」って笑ってくれればよかった。今言ったことを、クロロが正しいと認めてくれたなら、私は安心してそう思えたのに。絶対的に信じていた“ほしがり”が信用出来ない今、クロロしか本当に正しいことを言ってくれる人はいない。
誰も本当のことを教えてくれないなら、私はどうすればいいの?私は、私は。


「団長、私、わからない。…わたし、何をしてて、何がしたいんだろう」

「……お前は自分がなぜそうするのかの理由を考えるのが好きだからな」


オレはそれは、嫌いだけど。
そう続けたクロロに、私は頭を鈍器で殴られたような気になった。こうやって、私とあなたの違いを突きつけられる度に、私はそうして酷く打ちのめされ、クロロへの信仰を深めていく。
ああ、クロロはなんて美しいんだろう。苦しい胸を抑えて、泣き崩れたい気分だった。彼は最早毒だ。美しく、つめたい刃だ。この人は神様が作り上げた、まさに生きる美術品に違いなくて、クロロこそ、たからものみたいなんだ。クロロは、クロロ=ルシルフルという人は────どこまでも、完璧。
彼のことを“団長”って呼ぶのがたまに億劫になることがある。みんなに窘められてしまうし、うっかり慣れてしまえば仕事とプライベートで正しく呼び分けられる自信がないので、いつでもきちんとそう呼ぶようにしているけれど、私は、内心では憂鬱になるくらいだった。
だってせっかく彼はクロロという素敵な名前なのに。私はその完璧なまでのうつくしいその名前が、ほしくて仕方が無いときがあるのに、もったいなくてしょうがない。……ほしい?


「…私は、クロロがほしいのかな」


私の言葉に、クロロが動きを止めた。釣られるように私はクロロを見て、動きを止める。クロロのまとう雰囲気の変化に、私は少しひやりとした。沈黙が、私達を包んだ。


「あ……だって、団長前にそう言ったでしょう」

「言ったな」

「宝石は探せなくても、ここには来れるから」

「なるほどな……お前は、自分でどう思うんだ?」

「私は、…おもわないこともない、団長がほしいって」


クロロは、私を興味深そうに見る。どうやら怒ってはいないんだな、と私は判断して、それから照れくさいやらなんやらで少しだけはにかみながらも、正直に答えた。


「団長こそ、宝石みたいで…きれいだから」

「それはどうも」


クロロもにこりと笑って返してくれた。
しかし、しばらくしてまた、さっきよりも真面目な顔をした。


「…俺が欲しい?」

「え、ああ、だから、そうかもって」

「そうか……、そうか」


クロロは私をじっと見た後、考え込むような仕草でうつむいた。
団長?と私が何度か声をかけても、まるで聞こえないみたい。私は、悪い事をした、ともう一度思いながら、だけど仕方が無いので、手土産として持ってきたものをクロロの前に置いて、クロロの家を出た。クロロにだって、不可解なことはある。これはきっと、私が解決しなきゃいけないんだ。私は、ふぅ、と一つ息をついた。

170130

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