出会いはトパーズの煌めき

“彼”は、私が頭を振って自分のおかしな考えを振り払おうとしたその次の瞬間、私とすれ違った瞬間に、私の方をしっかりと見て「あ、」と一言声を漏らした。私は些かぎょっとして────それでも、ゆっくりと振り返ってそちらに目をやる。ばっちりと目が合って、立ち止まった。


「……、はい?」


たっぷり間をあけて、私が返事のようなものをすれば、男は返事をされるとは思っていなかったのだろう。驚いたように目をまん丸にして、それから視線をさ迷わせ、おずおずといったふうに小さな声で、しかしはっきりと言った。


「うたの、人」

「うた…歌?……私がですか?」

「はい」

「……えっと、……だれ、?」


訳が分からず首を傾げれば、男は目に見えて慌てた。それから両手を振って、怪しいものじゃないんです。と。
こんなの怪しいに決まってる。私が言うのも変だけど、誰が見てもこの男の様子じゃあ怪しさが服を着ている様なものだ。
こんな怪しい男を相手にするなんて馬鹿げているようにも思えるけれど────歌がどうのの意味は気になったし、私は特に気が短いわけではないし、暇なので、大人しく次の言葉を待った。

どうして待てたのか、その本当の理由に暫くしてから気づいた。男は、慌てたりおずおずしたりという態度は変わらなかったが、じっと見ていると、その芯には、しっかりとした社交性が見られた。私と話す気があることが、とてもわかるのだ。彼はどうやら、その辺のまともを気取った人間よりはよっぽど“マトモ”な人間だった。


「あ、いや!ほんとに!その………以前、あなたの歌を聞いたことがあるんです」

「……どこでですか」

「このまえ、くるくる踊ってた」


男の言葉に、私の頭は早送りで該当する記憶まで巻き戻り、そして再生した。────クロロを探しに行った時?
恥ずかしくて、かっと顔が熱くなる。私だって、あの行動はアドレナリンによるもので、落ち着いてから自分のおかしな行動を指摘されたら、恥ずかしくもなるのだ。
すすす、と目線を斜め下に逸らした、私のそんな様子を見て、そしたら、男は慌てた。慌てて、素敵だったんです!と言った。
その言葉が私に向けられたということに対して、私はしばらく理解ができなかった。『素敵』。私の周りの人は、そんな言葉、あまり使わない。マチやパクなんかはたまに使うけれど、人に向けて使うことはない。そして私も、その言葉は宝石や宝石のような美しい景色にだけ向けてきた。
私はしばらく考えて、それから目を丸くして男を見た。男の顔は、僅かに赤かった。私はそれを見てますます目を丸くし、それからへんに心臓がドッドッと鳴って、汗が頬を伝ったのを感じた。私は、情けないことに、狼狽えていた。


「…すみません、急に、声をかけて。」


そんな私に、彼は申し訳なさそうに言った。それから礼儀正しく一礼して、踵を返し歩き出す。
その背中は、なんにも特別なんかではなく、このまま見送れば明日には忘れるだろうと私は思う。それなのに、どうしてか私は、その背中を手放せなかった。


「……あの、」

「っはい!」


男が思ったより大きな声で、勢いよく振り返ったので、思わずびくりとすると、彼はまた慌てふためいて謝ってきた。
変な人。変な人だ。落ち着いた雰囲気なのに、全然落ち着いてない。初めて見る、こんな人。
呼び止めたのは私だけど勿論言うこともなく、ただその“奇妙なもの”を見つめていると、なんにも言わない私に、それはまた、おずおずと言った。


「…このあと暇ですか?」

「……え、…暇か?…わたしは、暇ですが」

「……軟派みたいで申し訳ないんですけど、その…よかったらこの後、少しお茶しませんか?」


────変なの!
私は心の中で改めてそう呟いた。この人は私とお茶をして楽しいとでも思ったのだろうか?そんなわけないのに。
たぶんシャルが私とお茶をするのは、それが日常で、楽だし落ち着くからだ。この人は初対面の、見るからに面白くない私とお茶をして楽しいだろうと、本当に思ったのか?馬鹿だ。きっと馬鹿に違いない。


「………いいですよ」


だけど、私の口も馬鹿だった。そんな、あっさり返事をして。恐らくこの人よりもっと馬鹿だ。何故なら私は、この人と話すのは楽でもなければ楽しくもないと心の中できちんとわかっている。
私がドラマを見て楽しくないのと同じ。この、変だが実にマトモそうな男は、きっとあのドラマを面白いと思う、共感する感性を持っている。それは決定的な違いだった。
何もかも違っていて、お互い面白いなんて思えるはずもないのだ。


「よかった…お話してみたいと、前から思っていたんです」


男は、そんな私の心中を知らずに、そう言っておそろしくなるほどに柔らかく微笑んだ。私は考える。シャルは、私がこんなにも奇妙で、全く知らない人について行ったと聞いたら何て言うだろう。と。
いつでもシャルのことを思い出してしまうのはこれまたおかしな事かもしれないけれど、それはひとまず置いておいて。────きっと、馬鹿だって言うだろうな。そうに違いない。
でも、シャルだって本当は人のこと言えなくて、馬鹿なんだってこと、私は知ってるよ。シャルも楽でないとわかっていながら、たまに、知らない女の人とお茶したりして過ごすのだ。ついこの前の1週間にだってきっとそんな時間があったって、私はちゃんと知っている。

だけど、馬鹿だとわかっていながらもそうしたくなってしまう気分の時があるとは、今はじめて知った。

170107

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