ウレキサイトを覗く

昼食を食べ終わり、きちんとお代を払って店を出たところで、シャルがさて、と言っていつものように私を見下ろした。


「俺は明日から一週間ちょっとやることあるけど、ルイは?」

「私は…ずっとひま」

「じゃあつぎは一週間後だね」


これもいつものやり取りだった。別れ際に、こうして私たちはなんとなくお互いの予定を確認して、次会えるだろう日を伝える。言わない場合は、大抵次の日も会う。
これこそマチにああ言われる所以である。私たちは、あの街を出ても絶対に一定の距離以上に離れることはない。血の繋がりも無ければ、交わした約束すら特にないけれど、それよりもずっと強いものがあるらしかった。私はそれを“当然”と呼んでいる。

次に会うのは1週間後。私は盗賊以外に仕事をしていないし、友達もいないので、1週間、録り溜めたドラマでも観て時間を潰すか、とシャルに手を振りながら考える。
しかし正直なところを言えば、私はドラマなんて本当は好きではない。何故って、なんとなく好きじゃないだけなんだけど、恐らくはなんの共感もできないからだと思う。刑事ものも恋愛ものも、全然わからない。
例えば月曜の恋愛ドラマを観て、「何もいらないからそばに居たい」なんて台詞を聞こうものなら、私はこの嘘つき野郎と思わずテレビを消して突っ伏すしかなかった。何だかもやもやする。もっとひどい時なんかは、心の奥がぐしゃぐしゃして、黒く黒く、醜くなっていく。でも、どうしてかたまに気になって、観たくなることがあるので、録画をやめることは出来ないでいた。
それを、くだらなくない?とか笑って、勝手に消してくれるのはやはりシャルナークである。

くだらないのは本当だ。何も満たされないのに、見る必要なんてない。しかしこういう時、他にすることが無い。したいことも無い。今したいこと、強いて言うならば、そう。


「……クロロにきけ、か」


結局それくらいだ。今1番したいのは、クロロに聞いて、1番欲しいものがあるのか確かめたい。教えたくないなら、無理に聞いたりしないけれど、一応もう1度、聞いてみるだけ。
だけど仕事は終わったばかりだし、クロロにはきっとしばらくは会えないだろう。それこそ、1週間よりずっと先のことになるに違いなかった。
クロロは、仕事以外で私達に顔を見せることなんてほとんどない。連絡出来ないこともないけれど、ほとんどの場合繋がらないし、何より掛けちゃいけないような気もして、結局いつも向こうから来るのを待つしかなくなっている。
クロロのそんな態度は、世間一般の人付き合いの形としてはよろしくない部類だ。他の人がクロロのようだったら、きっと私はつまらなく思うだろうと思う。なんだよ、愛想が無いのはよくないぞ、なんて、きっと思うだろう。
だけどクロロには、不思議とそんなことを思ったことは一度もなかった。むしろ、そんなところも洗練された美しさだと感心してしまうくらい。

クロロは、どこまでも完璧。小さな頃から、出会った瞬間から、目が合ったその時から、姿を目にした刹那にはもう、ああ、うつくしいと。そう思った。よく覚えている。


「…クロロ」


名前を口にすると、宝石を見つけたような、世界がぱっと明るくなるような、体温が1℃上がったような感じがして、何故だかとても素敵な気持ちになる。クロロ、クロロ、クロロクロロクロロ。

私はだんだんと楽しくなって、軽いステップで街を歩いた。小さく小さく歌を歌う。クロロクロロって。そうして歩くと、時折すれ違う人の目を引いたが、そういう気分の時は大抵、視線なんて気づかないからそう出来るわけで、あまり気にならなかった。
街だろうが森だろうが、ゴミの上だろうが、私は麗らかな春の草原に変えることが出来る。うつくしいものと私以外、この世界にはないかのようになる。私にとってこの世界は、紛れもなく美しかった。
妄想癖、とフェイタンは嘲るが、見えないよりは、見える方がいいに決まっているのだ。ないよりは、ある方がいいのと同じで。



そうやって、どこまで歩いただろうか。
気づけば太陽は傾いていて、空は紅霞に覆われていた。キョロ、と辺りを見渡す。知らない場所だった。ひやり、と冷や汗。

ああ、またやってしまった。
今回はどうやって帰ろう。どこまでも遠くに行けたとしても、私は、帰るのだけは昔から苦手だった。幼い頃は、シャルやマチに迎えに来てもらったものだけれど、今は誰もいないし………





「………ルイ?」


そうして困り果てていた時、突然自分の名前を呼ばれ、ドキリとした。知らない人に名前を知られている、といった焦りではない。その声が、何度も聴いたことのある、今聞こえてはいけないはずの声だったからだ。私は、恐る恐る、声の方を振り返った。


「……あ」


振り返った先────私の目の前には、やっぱりクロロがいた。

161214

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