ジルコンに似る

昨日は完全に二日酔いだった。
シャルに運ばれている間は、まだお酒は私に優しくふわふわとした暖かい夢すら見せていたが、ホームに戻った時にはもう息を潜めていた毒がその姿を見せ、私に牙を剥いた。
後は一日中気持ち悪さに取り憑かれ、世界がぐるぐるとおかしなくらいに回るのみだ。全てのものがあるべき姿に逆らって、反転してしまったかのようになる。お酒は怖い。本当に怖い。
頭痛、嘔気、耳鳴りエトセトラ。耐えられずしんどいしんどいと喘ぐ私にシャルは呆れて、私を置いて外に遊びに行ってしまった。
介抱してもらうのも恥ずかしさと情けなさでいっぱいになるのが目に見えていて嫌なので、かえって良かったけれど、ちょっとだけハクジョーモノ、と思った。自業自得なのは分かってるけども。

そうして今朝、起き上がった私の体にだるさは相変わらず蔓延っていたが、だいぶマシになっていたので、いつの間にか帰ってきていたシャルナークを誘って外に出た。
そのまま彼と、また今日も昼食を共にする。飽きもせずに、という感じだが、飽きるとか飽きないとかではなくそれが当たり前の事だった。
そんな当然の事よりも、思考する余裕が出来た私の頭は別のことを考えていた。というか、お酒を飲む前に回帰していた。飽きもせず、また同じように。
パスタをくるくる巻きながら、私は前に座るシャルをちらりと見た。


「クロロの一番欲しいものって結局なんだと思う?」


それしか考えられないのだ。気になって、しょうがなかった。その考えに身を任せて私が何となしにそう聞けば、シャルは一瞬黙り込んだあと、『それを聞くのか、』という顔をした。それからしれっと私に言う。


「それはクロロにしかわからないんじゃない?クロロに聞きなよ」


中々適当な返事だった。言葉の端から、まあクロロは答えないだろうけど。みたいな気持ちが滲み出ている。
しかし鈍い私は、シャルのわかりやすいそれを感じ取って漸く、もしかしたらあの時クロロはわざと答えないようにしたのかもしれないと気がついたのだった。
クロロは欲しいものを聞かれたくないのだろうか。何故、どうして?私にはわからない。仕事や能力の特性上、私は好きなもの素敵なもの欲しいものを、誰にも隠さずに生きてきた。
というか、隠さない方が手に入るのだ。誰かに言っておけば、例えばシャルとかに協力してもらえたり、団長にお下がりでもらったりして、私の手元にやってきてくれる。


「それってさ、ルイの欲しいものが皆の欲しがるものじゃないから成り立ってるんだよ」

「…どういうこと?」

「俺とか団長はルイのほしがる宝石とかの類は結局のところいらないから、ルイにあげてるってこと」


理解力の乏しい私は、シャルの言葉をゆっくり頭の中で咀嚼する。
なるほど。要するに、もしもシャルや団長が私の欲しいものを欲しかったなら、私なんかに渡さないで自分のものにする。ということだ。
理解して私が頷けば、シャルは更に続ける。


「それから、例えば俺がルイのこと嫌いだったら、ルイの欲しいものを片っ端から先回りして壊すだろうね」

「…ああ、ああ。成程。とられちゃったり、壊されたくないから、教えたくないんだ」

「いや、クロロがそうかはわからないけど。でもルイもそういうことも考えておいた方がいいよって」


俺たち基本的に嫌われ者だし。
今日はジュースを飲んでいるシャルは、ストローを咥えながら相変わらず適当にそう言った。
確かに私たちはA級賞金首。人の恨みを片っ端から買って…いや、買うなんてこと私達はしないから、奪って?歩いてるからまあ、きっと嫌われて当然なのである。
当然かもしれないけど、報復を素直に受け入れる道理はない。好きなものを奪われたり壊されたりしてしまうのは、やっぱり普通に嫌だ。

そうしてふと、別のことに思い当たる。────クロロだけじゃなく、他のみんなもそういうことを考えているのだろうか?
みんな…ウボォーとかは特に、欲しいものを隠してないように見えていたが、本当のところはどうなのだろう。知らないだけで本当は隠しているの?一番欲しいものが、あるの?
みんなには何を手にすれば自分が満たされるのか明確にわかっているのか?それとも私のようにわからないからここに居るのか。
目の前のシャルナークはどうなんだろう。若干話は逸れてきているけれど、彼はどんなものに価値を見出しているのだろう。何が欲しくて、ここに居るのだろうか。私はこうしてよく彼と行動を共にしているが、実のところわからないでいる。
ちらりとシャルを見れば、彼はストローをくるくると弄りながら、態とらしいのに厭味に見えない人懐っこい笑みを私に向けてきた。


「因みに俺の欲しいものはね…そうだなあ、俺は、欲しいと思ったらそれを手に入れるだけだから。特別これといったものはないな」


聞いてもいないのに勝手に喋り始め、教えてくれたシャルは私の心が読める超能力者なのだろうか。そんな阿呆なことを考えて改めて彼を正面から見つめれば、シャルもまっすぐ見つめ返してくる。その大きな目は私の様子を伺うようであり、私の答えを待っているようにも見えた。


「やっぱり、そうよね」


しかし私は、そんな何ともつまらない答えを返すことしか出来なかった。
だって、私もシャルと全く同じだったから。ずっと、そう思っていたのだ。思っていたのだけど、あれ、思っていたのに、どうしてそれじゃあ納得いかないんだろう。
どうして私は、いつの間にか一番欲しいものが唯一でなければいけないかのように、明確な答えを探しているんだろう。


「そのはず、なのだけど…」


しゅるしゅると萎んでいく自信と共に徐々に視線が下がっていく。
テーブルの上の、何度も執拗に巻き付けられて疲れきったように伸びたパスタと目が合った。私はそれをきちんともう一度巻いて、ようやく口に運ぶ。どうしてか今日のこれは味がひどく薄い。
黙々と食べる私を、シャルはじっと見続けていた。視線がびしばしと私のおでこの辺りに刺さっている。きっと、わざと刺している。


「…でもまぁ、それでも俺はルイほど欲しいものは多くないよ」

「…シャルも無差別だって思う?私のほしがり」

「うーん、まぁね。でも俺とか周りから見ればそうかもしれないけど、ルイはルイの美学で生きてるわけだから…無差別ではないんじゃない?」


ピタリとフォークを止める。それから思わず少しだけ笑ってしまった。それは少しだけ最後に聞いたマチの声と似ていて、呆れを含んでいた。
私自身、私達の関係には本当に呆れ返るくらいだった。シャルは人の心を読めるエスパーなんてものよりももっと単純に、ただ私のことを恐ろしいほどによくわかっている。

161023

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