クラピカはよく、悪い夢にうなされている。
夜、トイレに行こうと部屋を出た時、苦しそうに呻くクラピカの声が聞こえてくる。
クラピカは良い奴だ。私の願いを受け入れ、ここに置き、世話をし、シャルナークにまで会わせてくれた。悪いやつなわけ、ないのだ。何度も言うが、悪いやつはむしろ、わたし。



「できることがあったら、俺は何でもするよ」



ある日、私が洗濯物を畳みながらそういうと、クラピカは不可解そうに本から顔を上げた。突然の申し出に意味がわからなかったのだろう。だけど私は気にせずに、言葉を続ける。言いたいことがある時に、タイミングをみて言おうとか、そういうことを考えてはいけないと、二つの人生を経て私は学んだ。私に運がないからか、そういう時は大抵そんな絶好のタイミングはやってこない。そうしてそのまま、言いたいことごとなかったことになってしまう。それは嫌だった。



「俺は、クラピカに感謝してる。クラピカがいてくれて、話を聞いてくれて、俺、本当に嬉しかったんだ」



だから、そんなクラピカのために、なにかできないかと思うのだ。悪い夢にうなされないために、なにか、私にできることがあるのならなんだって。そういうと、クラピカはお決まりのように複雑そうな表情で笑い声を漏らした。



「はは……本当に、人質……いや、敵として失格だな、お前は」

「………ごめん」

「はじめにいったとおり、お前はここにいるだけでいいんだ。そうすれば、私も約束は守る」



……嗚呼、そんな顔をさせたい訳では無いのに。私がどんな言葉をかけたって、そんな顔しかさせられない。私を見て、傷つくくらいならば、いっそ私は本当に悪者らしく振舞った方がいいだろうか?私を殺した方が、やっぱり少しは気も済むだろう────でも、そのあとは?そのあとクラピカはどうする?私を殺さないにしてもだ。クラピカは……目的を果たしたら、そのあとどうするつもりなんだろうか?



「…その後は?」

「?」

「緋の眼を集めて、そのあと、クラピカはどうするんだ?」

「………」

「俺達を解放して、クラピカは、どうするんだ…?」



思わず気になって、聞いてしまった。すべて終わったら、悪夢を見ずに済むのだろうか?どうしたらクラピカは救われるだろうか?私に救えないことはわかっている。だけどせめて、私がこれからもクラピカの枷になってしまわないように、なにか、いい方法はないだろうか。私はダメだ。人を傷つけておいて、こんなふうにするのは、きっと偽善と呼ばれるひどい事だ。
悩みが堂々巡りしている。私にどうにか出来ることでない証拠だ。苦しくて、思わず胸を抑えると、クラピカは淡々と言った。



「それはお前が心配することじゃない」

「………」

「それより……お前、団長をやめる気はないのか?」

「……え?」

「私は、今は私のことより……お前が団長を辞めて、罪を償いながら真っ当に暮らしてくれることを、どこかで願っているよ」



クラピカは俯いて、静かにそう告げた。
突然の言葉に、わたしは本当に驚いて、目を丸くする。────ああ、本当に、この人は。



「………そんなの願ってくれたの、クラピカが初めてだ」



頬が熱い。わたしは、たぶん今嬉しいのだと思う。ほしいものを貰えた、こどものような気持ちだった。満たされるような思いだった。私ばかりこんなの、到底許されることではない。



「でも、真っ当になんて暮らせると思う?」

「……、」

「クロロは、生まれながらの泥棒だからね」



クラピカが願ってくれたからと言って、そんなふうに暮らせるわけがない。私はこれから、罪を償う機会すら与えられず、誰かに酷く痛めつけられて死ぬのが似合いだろう。
それでも、そう願ってくれただけで報われた。十分すぎるくらい、幸せな気持ちになった。ねぇわたし、よかったね。こんなふうに盗賊の心すら救ってくれる人に出会えて。だから私も、せめて、クラピカのために願いたい。



「俺は、俺のことを忘れて、クラピカがこれからあの子どもたちや他の誰かと、たくさんのものを築いていくことを願うよ」

「………」

「なにかを奪ってしまって、ごめんな」



クラピカは、きゅっと口を閉ざした。私は、再び洗濯物をたたみはじめる。クラピカが口を閉ざしたのだから、話は終わりだと思った。
しかし、クラピカはめずらしく、もう1度口を開いたのだった。



「……クルタ族だ」

「……え?」

「私は、ルクソ地方で暮らす、緋の眼のクルタ族の生き残り。五年前、お前らが殺した……虐殺した、一族の生き残りだ」

「────────」





クラピカがやっと話してくれたことを、言葉を、一つ残らず聞き漏らさず、確かに聞いたあと、私は静かに記憶を巡らせる。そうして、しばし言葉を失った。

────緋の眼のクルタ族。知っている。昔本で読んだ、怒りで眼が緋くなる一族だ。事件のことも知っている。新聞で読んだ。しかし────私たちが、殺した?
……いいや、殺していない。そんな凄惨なことをして、忘れるなんてこと、ないはずだ。そんなことをしたら、きっと私は今、生きていないはずだ。
少なくとも、私は参加していない。かといって、シャル達が個人でやってるのかといえば、事件の感じからしても明らかに違うな、とそんなのはすぐにわかることだ。私達は、やっていない。
ふと、先日シャルが「なにかしたっけ?」と言っていたのが浮かんだ。



「……クラピカ、」

「…………なんだ?」



私はたったひとつ、たった一筋の光を見たような気がして、クラピカを見上げた。クラピカの瞳を見つめ、少し迷う。言っていいだろうか?このまま、私のせいにした方がいいだろうか?頭の中で、様々な考えが過ぎっては消えていくが、そのまま私の口は、至って自然に動き、言葉を紡いでしまった。




「クラピカ……────それ、それ。おれたちじゃないよ」

171104


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