「おい」
「ん?」
ある日、クラピカは帰ってくるなり私の部屋をバーンと開けて、私に声をかけた。初めは彼の一挙一動に怯えていたが、割と慣れてきたので突然のことにも普通に返事をする。クラピカは、怒っているのかいないのかわからない声のトーンのまま私に告げた。
「お前を仲間に会わせる」
「あ、うん。……え、え………!?」
***
「約束の時間までにここに戻ってこなかったらお前と仲間の心臓は潰れると思え」
「うむ」
私は頷いたが、正直状況がよくわからなすぎて、内心疑問符を浮かべまくっていた。いや、だって、どういうことだってばよ。クラピカに突然仲間に会わせると言われたかと思えば、車に乗せられ、荒野の真ん中に放り出されてこれだ。意味がわからない。なにもかもわからずとりあえずとぼとぼ荒野を歩いていると、やがて遠くに人影が見えた。
よりにもよってシャルナークだった。
「なんでお前!!!!」
私パクがいい!!!と私の中の駄々っ子がわめきたてるままに叫ぶと、シャルナークもこちらに気づいたようだ。
ハッとした顔をして、こちらに駆け寄ってくる。ムカつく顔をしているかと思えば────珍しく必死な顔をしていた。
「────クロロッッ!!!」
「おわぁっ」
飛びかかるように掴みかかられ、私は後ろに尻餅をつく。文句を言ってやりたかったが、のぞきこんだシャルの表情が、やはり見間違えでなく必死だったので、私は空気を読んで言葉を飲み込む。代わりに、どうして私とシャルがここに来て突然会うことになったのかを尋ねることにした。
「シャル、大丈夫……?なんかあったのか、なんで急に会えることに?」
「……一先ず、約束の数揃えたからね」
そう言った後、シャルは忌々しそうに顔を歪めた。それから私の方を見て、悲痛そうな顔をした。……なんだそれ、どうしてそんな顔するんだよ。ムカついてる顔なら何度も想像してたけど、まるで私を憐れむような、心底心配するような顔だ。へんなの。予想外すぎて、私は呑気にそんなことを考えた。
そんな私の頭の中など知らず、シャルナークは真剣な顔をして、私に言う。
「大丈夫、すぐたすけるから」
「た、たすけるって…」
「心配しないでよ。クロロがメンタル弱くても情が過ぎてても俺が代わりに何とかするし」
「ちょっと待て、どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。とにかく、鎖野郎にクロロのことは殺させない。そんなことで死なれたって面白くないよ」
「いや、まって、人の死をおもしろがろうとするのはさぁ」
「俺、あいつを殺してくる」
「ん?うん……え!?!?」
どんどんひとりで暴走していくシャルに、私は慌ててシャルの肩を掴んでいやいや!落ち着いて!と止めた。しかしシャルは聞く耳を持たない。
「そもそも!居場所がわかってるのに安全すら保証されない環境にクロロが置かれてるなんて考えられない!!」
「うん、うん、ありがとう、まって」
「クロロはさ、俺といればいいんだよ。これからずっと!」
「いや何故そうなる!?」
「俺はクロロが実はいろんなことできないって知ってるよ!料理できないのだって知ってる!俺はちゃんとクロロのこと知ってるよ、だから火事にあったり、怪我したりして死なないようにしてあげられる。でも鎖野郎は違う」
「いや、安全も何もな……そもそも俺、人質だからね。保障されてるほうなんだよ」
「人質?それで仲良しごっこして一緒に暮らして?なにがしたいの二人は。俺達が必死に緋の眼探してる間に何をしてるわけ?」
仲良しごっこ、と言われてうーん、と考える。たしかに最近、距離は縮まってきたかもしれないけど……それでもあれだ、殺すとかすぐ言われるけどな。それに、私はともかくクラピカはいつだって必死だ。それこそ、シャルナークたちは知らない、私だけは知っていることだった。
「クラピカも緋の眼をさがしてる。ずっと。だから俺は家事を手伝う。当然だろ」
「そもそもなんで俺達が緋の眼をさがすの?条件が変だよ。なんで?なにかしたっけ?」
「シャル」
「…なに」
「クラピカにも、色々あるんだよ」
クラピカの何も見てないシャルには、わからないかもしれない。見えている分私は幸福だった。私は知ってる。クラピカのこと、ほんのすこしだけれど、ちゃんと知っている。
あいつ、悪い奴じゃないんだよ。いつも辛そうにしてるんだよ。つらそうにしながらも私のことなんだかんだ気にかけてくれてるんだよ。この前ちょっとだけ笑ってくれた。すっごく、可愛い笑顔だった。ただの嫌な奴じゃ、なかった。
だから、私はクラピカの事情を知りたいのだ。知るまで何も言えないし、私から無理に聞くこともしたくない。シャルたちに緋の目を探す義務はないから、探してくれなくたって構わない。それでも私は、しばらくクラピカの人質でいるし、できればそうしていたいのだ。
シャルは、私の話を黙って聞いていた。最後まできちんときいて、それからゆっくり口を開く。声は、震えていた。
「……んなこと」
「…」
「できるわけ、ないだろ!!勝手ばっかり言いやがって!あいつを殺せば済む話だよ!!今にでもみんなが除念師をつれてきてくれるし!殺せばいいだろ!!」
「殺しは良くない!!」
「…もういい!」
シャルは、私を突き飛ばすと私に背を向けてずんずん歩き出した。
しかし、程なくしてピタリと立ち止まる。その肩はやっぱり震えていた。さすがに、笑ってるわけじゃなさそうだ。
「……シャル」
「……なに」
「ありがと」
「………、」
「心配してくれてるんだよな」
「……心配というか、」
くるりと振り返ったシャルはむっとした顔をしてこちらをじっと見つめてくる。きらきら反射する大きな瞳をただ見つめ返していると、いつものようにシャルはため息を吐いて、こちらに向き直った。
「まぁね。心配だよ。とりみだしてごめん」
「いや、俺がわるかった」
「うん。団長が一番わるい」
「おまえなぁ……」
「帰ってきたら埋め合わせはきっちりしてもらうからね」
「お、おう………じゃ、そろそろ時間だし、俺は戻るよ」
「うん……」
エメラルドの瞳を伏せてしずかに頷いたシャル。風になびく金色の髪が綺麗で、すこしだけ、名残惜しく思った。しかし、行かないわけにはいかない。クラピカに心臓を潰されてしまう。
クラピカはおこるとこわいからなぁと思いながら、シャルに背を向けて歩き出した時だ。ふいにくいっと後ろから腕を引かれた。
「……クロロ!」
「へっ」
「俺は、俺はさ、クロロが思ってるよりずっと…………クロロのこと、大切に思ってるから」
だから心配してやってるんだよ!
シャルが突然そんなふうにツンデレみたいに言うので、戸惑いながらも「お、おう」と返事をする。それってどれくらいだろ…米粒くらいだと思ってたから…みかんくらい?
「ちゃんと皆待ってるし帰ってこないとか言ったら地の果てまで追いかけて殺すからね」
「物騒だよ!」
「あはは、ばいばい!」
シャルはようやく、いつも通りの明るい笑顔で私に手を振った。まったく、相変わらずなヤツめ。私は呆れながらも、なんだかとても良い気持ちで荒野を後にした。砂埃を運んでくる風すら爽やかに感じる。今日は良い日だ。クラピカに、感謝だ。
そんな私は、取り残されたシャルがめちゃくちゃ怖い顔をしているのには、最後まで気づかなかった。
「………やっぱいつか鎖野郎ころそう」
シャルはひとり、そう決意して頷いた。
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