奴を人質として捕らえ、この家の一室に閉じ込めてから、そろそろ1ヶ月が経つ。
緋の眼は順調に集まってきていた。旅団の方に怪しい動きもなく、奴らは確かに約束を守ろうとしているようだ。そうするようにしたのは自分なのに、それはなんだかとても奇妙な事に思えた。
せめて、気に食わないというような目を向けられてもおかしくないと思っていた。しかし、緋の眼の引渡しの際も、パクノダは淡々としていて、こちらをあまり見ない。こちらの事を探る素振りも見せない。ただたまに心配そうな顔をして、奴を気遣うようなことを言う。



「クロロは元気?迷惑かけてないかしら」

「………ああ」



そこそこかけられている、と言うのは黙っておく。極力、奴のことは教えてやらないことにしていた。相手を喜ばせるようなことは、したくない。
これだけつっけんどんな態度をとっていても、パクノダの態度は変わらない。この前なんかは、プリンの材料を持ってきて「団長はプリンが好きなの」と言ってきた。その時の表情は、本当に、ただあたたかく────それを持ち合わせていながら、何故非道なことが出来るのかと、混乱し、どうしようもない行き場のない怒りで気がおかしくなるかと思った。
それも全て、奴が、クロロ=ルシルフルという男が“こんな”だからなのではないかと、最近では思っている。奴は腑抜けだ。…どうしようもないやつだ。


一度、怒りに任せて「緋の眼を揃えて渡されても、お前を今後仲間にあわせてやるつもりは無い」と、クロロに伝えたことがある。解放するなら条件付きで、うんと遠くに行ってもらうと。お前の大好きだという仲間に、簡単には会わせないと。そう伝えた。その時、奴は大変深刻そうな顔をしながら、こう言った。



「俺、友達いないから…それは、つらいな」

「……」

「でも、ありがとう」



礼を言った後、目を伏せて、笑う。それから再びこちらにまっすぐ目を向けて、困った顔をした。



「殺さなくていいの?」

「なに?」

「俺のこと、殺したいんじゃないの?」



何を心配しているのか、こちらを気遣うように奴はそう言って、自分の心臓のあたりを見つめた。────ああ、殺したいよ。本当なら、あの時にでも。そして、今すぐにでも。



「…ああ、殺したいよ」

「そっか」



私が正直にそう答えても、それでもクロロという男は、いつでも明るく笑うのだ。殺されてもいいというふうで、そんな態度は望んでなくて、いつだって、歯がゆい思いをさせられる。






「鎖野郎が帰ってくるのが楽しみなんだ」

「……」



そして、極めつけはこれだ。仕事から帰った私を出迎えた彼は、洗濯物を畳みながら私におかえりと言い、私が小さく返事を返せば顔を綻ばせ、そうして長い沈黙の後、そう言った。私の帰りが、楽しみなのだと。



「何か、何となく帰ってくると安心するんだ、最近、すごく」

「……本当におかしな事を言うな、お前は」

「えっ、そ、そうかな、」

「ああ。……いや…私が人質に対する対応を、間違えたのだろうか」



ぼやくように呟いた言葉に、クロロはなんとも言えない顔をする。何か言いたげで、でも、それはきっとまた私を怒らせることだと考えているのだろう。彼の中で慎重に行われているだろう言葉選びを見守っていると、数十秒かけてようやく、口が開かれた。



「そう、かもね。鎖野郎は……ううん。俺は、人質なのに、こんなに、ありがとう」

「…腑抜けた奴だ」

「ごめん」



本当に、腑抜けたやつだ。だからこそ────この男が殺しが嫌いで、虐殺を恐ろしいと言うのは、真実だと思う。
騙されている可能性も拭えないが、センリツも以前そう言っていた。…本当は、団長なんて本意ではないのかもしれない。
哀れだと思った。この男が過ちを犯す前に連れ去ってくれる誰かが、いれば良かったのだ。誰もいなかった。そうして、この男は。




「………クラピカだ」

「……え」

「私の、名前」



哀れなこの男を救うことなど、もうできないし、してはいけない。何も与えてはいけない。
それでも何故だろう、口をついて出たのは、自分の名前だった。教えるつもりなんてなかったのに、こぼれ落ちるように出てきたそれに、クロロは目を瞬かせる。



「……クラピカ」

「…なんだ?」

「素敵な名前、似合ってる」



繰り返し名前を呟いて、幸せそうに笑うクロロに、どうしてだろう、ひどく胸が締め付けられた。息をするのが困難なほどに、苦しい。自分が悲痛な顔をしてしまっているような気がして、彼から顔を背ける。



「でも、でも教えてよかったのか?」

「ああ…どうせお前の仲間はもう、私の名前くらい知っているだろう」

「えっ……何か、近くにいる方が知らないって不思議だな」



この男が背負うことになってしまった、不釣り合いなどうしようもない罪を、呪う。
彼がこんなに無邪気であることを、以前は憎らしく思ったけれど、今はもう、憎しみを燃やすようなことはなくなっていた。
ただただ哀れで、悲劇を見ているようだった。

170505


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