鎖野郎が『キッチンは私がいない時に使え』と言っていたので、昨日彼がいないうちにプリン作りを決行しようと思ったのだが、やはり自分のいない間に好き勝手される方が嫌だと考え直したらしい。予定を合わせるように言ってきた。
そして今日、キッチンに立っている私がなにかやらかさないかじっと見守っていた鎖野郎は、私が卵を割ろうとして握り潰したところで慌てて駆け寄ってきた。



「料理できなかったのか…!?」

「えっ!?えっと、いやっできてたはずなんだよ前は、前は…最近やってなかったからコツ忘れただけで、ねっ!」



咄嗟に潰れた卵をもう片方の手で隠したが、拳の隙間からねちゃあと出てきた卵白が滴ってくる。
うおお、違う、違うんだ……念が使えないからかえって加減がわからないだけなんだ……あと携帯が使えないからクッ〇パッド先輩いなくてそれで不安なだけでだね…誤解だ……!そう心の中で言い訳するが、鎖野郎に届くはずもなく。
彼は私の手からこぼれ落ちる卵の様子を呆然と見つめて────それからがっくりと肩を落とし、盛大な溜息を吐いた。



「…………はぁ」

「………ご、ごめん」



うう…ため息はただただ凹む……別に罵られたいとかいう変な性癖はないが、このポンコツ!って言ってくれた方がいいかも。いやよくないな。想像しただけでますます凹んだ。



「……貸せ」

「え?」



1人凹んでいるところに突然手を差し出されて、私は固まる。貸せ、貸せ?貸せとは何を?私が面食らっていると、鎖野郎は私の横をすり抜け、卵をひとつ手に取った。そこでようやく理解する。まさか、代わりに卵割ってくれるの!?



「えっあっく、鎖野郎、でも、」

「いいから早く手を洗え」



そう言って、私をぐいっと押しやった鎖野郎は、私の代わりに卵を綺麗に割って、黙々と泡立て器で混ぜ始めた。か、家庭的……!!!というかえ、まって、割ってくれるどころかまさか、プリン作ってくれるの!?ど、どうしよう、ときめきが隠せない……敵なのに、相手は敵なのに………っ!!!



***



「鎖野郎は、何でもできるんだな」



もぐもぐとプリンを頬張りながら、私が感心したようにそう言うと、鎖野郎はお馴染みの疲れた様子で私を一瞥して言った。



「お前は…案外できないことが多いんだな」

「ああ。よく誤解されるけど、俺は実はなんにも出来ないよ」



どうだ思い知ったか。とばかりにエッヘンと胸を張っておく。かわいそうなものを見るような目は見なかったことにして、せっかくまともな会話になった貴重な話題だからなにか続けようと言葉を続けた。人との会話久しぶりすぎる。



「なんにもできないし、そんなだからかな…実はね、団員すら俺のいうこと聞いてくれないんだよ」



おかしなことを言わないように慎重に、しかし何気なく口にしたことだった。
それなのに、鎖野郎はそれに対して、今までで一番の反応を見せた。



「言う事を聞かない…?どういうことだ」

「え、…そ、そのまんまの意味」



大きな目を更に見開いて、勢いよく私の方を見た鎖野郎に、私は思わず狼狽える。え、私が話聞いてもらえないのそんな面白い話題?そんなに食いつく?
鎖野郎は、私の回答に、信じられないというような顔をした。



「命令、してないのか…?」

「しっしてる、してるよ!団長だもん」

「………」

「やりすぎるところあるから、みんな。…何でもほしがって、本当に何もかも奪うから、やりすぎないようにって、それだけは言うようにしてる」



聞いてもらえないけど。
ははは、とかわいた笑い声で言う。鎖野郎は、笑ってはくれなかったし、かわいそうなものを見る目もしてくれなかった。むしろ、私の方が心配してしまうような、取り乱した様子で、目を見開き呆然としている。
しばらく黙って見守っていると、彼はようやく、静かに口を開いた。



「………虐殺について、お前はどう思う」

「……虐殺?…そうだな、無慈悲で、感情がなくて……こわいなと思うよ」



突然の質問に少しびっくりするが、答える。
嗚呼、どの口が言うかと言われてしまって当然のような言葉達だ。自分でも馬鹿らしくなるほど矛盾している。私が彼ならば、こんな事言う口は二度と喋れないように潰してしまうだろう。
だけど、これは本当のことだ。全部が真実だ。その上で、私にはそれを上回るものがあったのだ。



「だけど、おれはみんなのこと大好きだよ」

「────」

「俺とみんなでは価値観が違うんだ。俺はちょっと、寧ろあの街では特殊で……ああ、俺の故郷、流星街っていうんだけど、知ってる?」

「……ああ」

「別に、そんなに悪い所だとは思わないんだけど……でも、知っての通りの場所だからか、みんな、知らなきゃいけないことを何にも知らなくて。家族とか、やさしさとか、そういうの」



本当に、怖かったよ。自分の身を守るためではなく、ただ自分の利益のために人々を、虫でも殺すみたいに簡単に殺してその辺に放ってしまうみんなに、何度恐怖を感じたことだろう。違いを突きつけられて、わかりあえないと思い知らされて、はじめは何回もこっそり泣いたよ。
だけど、どこまでも違う私とそれでもずっと一緒にいてくれたのも、何度も言うが、みんななのだ。



「鎖野郎には、申し訳ないけど……俺、そういう奴だから。結局、マトモじゃないのは俺なんだと思う」



だから、私はここにいる。
私の正直に吐き出した言葉に、鎖野郎は黙っている。表情は見えないが、怒っているだろうと思った。こんなのは、ただ無責任なだけの話だ。
何にも知らないからって人を傷つけていいことには絶対にならない。まして、私は知っているのに。



「────ああ…腹立たしいよ、本当に」

「………」

「お前は…やつらが持ってないものを持ってるんだな」



鎖野郎は、やるせないといったような顔で、私を見つめそう言った。震える声は、怒っていなかった。私はそれに対してなんにも言えなかった。言えないままに彼が背を向け出ていくのを見送った。

鎖野郎が部屋を出て行ってしまえば、私はまた一人ぼっちになる。殺風景な白い部屋では、私の黒はインクみたいで馴染めない。切り取られたみたいな、世界から放り出されたみたいな、そんな感覚がした。1人、考える。私とみんなのこと。



「持ってる私がみんなと違うって事は、みんなもそれを手に入れれば、丸くなるってことかな?」



無理だ、それは。私がもってるからといって、物ではないそれは他人にあげたりできるものじゃあないから、私にはどうすることも出来ない。
ただ、彼らを虐げ、追いやり、すべてを奪った人たちをひどくにくくおもう。

170425


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