今日もやることがなく、いつものように部屋の隅で体育座りをしたまま前後にゆらゆら揺れていると、突然ドアが乱暴にドンドコ、和太鼓でも叩くような勢いの音で叩かれた。驚きながらも返事をしようと、はいのはの字をを言った瞬間にドアが開いて、めちゃくちゃ怖い顔の鎖野郎が姿を現す。鎖野郎は基本的に毎日不機嫌で、今日も例に漏れず苛立ちを隠しきれない様子だった。
…というより、いつもより怒ってないか?これは最近の鎖野郎の疲れきった静かな苛立ちとは違う、明らかに久々の暴力的モードだ。

なんだなんだと混乱する頭をなんとか落ち着かせながら、ずかずかとこちらに近づいてくる鎖野郎を見つめていると、私の前に立った鎖野郎が睨むように私を見る。瞳の奥で地獄の業火の如く燃えさかる緋色は、洗濯の時の比ではない。私はとうとう殺される…と覚悟した。

と思ったら。鎖野郎は、私の前にドサッとスーパーの袋を、投げるように置いた。



「え、……これなに?」

「……お前のものだ」

「えっなんで?」

「余計なことを聞くな!」

「はい」



やっぱり私の読み通り、いつもに増して彼は怒っているらしく、噛み付くような勢いに私は急いで頷いた。
そして、恐る恐る袋の中を覗く。────たまごに牛乳、砂糖、カラメル、おまけにカップ……これは…どう見ても……



「プリンの材料なんだけど…」

「…だからなんだ」



ギロリ。鎖野郎は尚も、これでもかと私を睨みつける。
いや…ギロリじゃなくて。何なんだこの人、今日ほんとに怖いぞ。ブチ切れながら突然プリンの材料渡してくるなんてやば過ぎるだろ。
私が困惑していると、用事は済んだと言うように踵を返し部屋を出ていこうとするので、私は慌てて引き止めた。



「え、ねぇ、あの、プリン食べたいのか?」

「食べたいわけないだろう、そんなもの…!」



しぶとい虫を忌々しく思うような、殺意を押し殺したような掠れた声の返事が返ってくる。
もうあちこち掻き毟りたいくらいには私が忌々しいようで、服をぎりぎり引っ張りながら、なんとか私に届けられた言葉だった。それを聞いた私も、彼を早急にこの部屋から出してあげないと可哀想だ…という使命感に駆られた。



「ごめん、ごめんな、もういいよ…あっでも、俺これ要らない、勿体ないから鎖野郎が使ってくれれば…」

「私がいない時にでも作れ!」

「えっキッチン借りてもいいってことか?」

「ちっ…くどいな、1人で勝手にやれと言っている。もういいな?私は行く」



私がえ、え、と狼狽えていると、鎖野郎は一瞬、いつものような疲れた顔をする。それを隠すようにすぐに私に背を向け、今度こそ出ていこうとすたすた歩き出す鎖野郎を呆然と見つめながら、私は改めて思った。…いや、何なんだほんとに。本当に、急にどうしたんだろうこの人、まず何でプリンなの?

ああ、何で。どうして、今日はこんなに怒ってるの?どうして怒りながら、たくさんくれるの?────鎖野郎は今、私のことをどう思ってるの?
たくさんの疑問が渦巻く。その一つだって私にはわからなかったが、このままじゃいけない、と、それだけ思った。そうして私は咄嗟に、いつだって冷たかったその背中に手を伸ばしたのだ。



「ま、まって!」



そうして、そのまま勢いで彼の服を掴んでしまった。ばっと勢いよく振り返った鎖野郎に、私は慌てて手を離して両手を上げる。



「さ、触ってない!から、怒らないで、くれ…」



彼の見開かれた目を見た瞬間にしゅるしゅると萎んでいく自分の言葉に情けなくなりながら、少し視線を横に逸らした。
鎖野郎はきっとまた怒っただろう。敵に触られるなんて嫌に決まってる。…そんなの普通のこと、当たり前のことなのに。
どうしてだろう、胸が熱く苦しい。私と彼の間に常にあるこのむずかしい距離感に、私はとうとう息がつまってしまったらしかった。
私達の距離は、果てしなく遠い筈なのだ。そうあるべきなんだ。歩み寄れるなんてそんな愚かなこと、本気で思ったりしない。彼の瞳を見た時から、私達の縮められない距離を、理解していた。
それなのに何故だろう。最近はどうしてか、もう少しで手が届きそうな気がして、それでもやはり、こうして遠くて。もどかしくて、何だか泣き出したくなる。こんなこと無かったのに、この数週間でやっぱり情が移ったのかな。私って、やっぱりダメなヤツだな。

私がそれだけ考えられるほど、たっぷり時間を開けて鎖野郎から返ってきた声は、私の予想したような怒りに満ちたものではなかった。



「……いや、触っただろう。どう考えても」



さっきとは打って変わったような、静かで落ち着いた様子の声に、私が鎖野郎の方を見れば、鎖野郎は何故か私が掴んだ部分をじっと見つめて「言い訳もろくに出来ないのか」と続けた。
眉を下げて、真面目に憐れむみたいな目をする鎖野郎は、もう怒っていない。茶に近い、優しい色をした目だった。



「(……何なんだろう)」



鎖野郎は不安定だ。この前もそうだった。怒ったと思ったら、あっという間にそれを仕舞って辛そうな顔をしたり、普通に話したりする。
これは私の予想でしかないけれど、もしかしたら彼は、自分でもどうしていいのかわからないのかもしれない。
私が抵抗とか、挑発とか、そういうことをしないと安心できなくて、自分のしてることに絶対的な自信が持てない。そう、はじめから気づいてたけど彼は…ひどく優しいのだ。



「…で、なんだ?」

「あ、いや………その、ありがと、な」

「………」

「お前のいない時にキッチン借りるよ」

「…それだけか?」



拍子抜け、というような顔だった。
それだけというか、それだって、訳もなく呼び止めるだなんて不自然だからと取ってつけたものなんだけど。これでも理由としては足りなかったかと私は慌てる。



「いや、その…それで、うまくいったら、よかったら食べてくれ」



いらないってさっき言ってたけど。
本当に私はろくな事が言えない。気まずくなってそろそろと目をそらせば、鎖野郎はしばらく黙り込んだ後、ため息を吐いた。視界の端で、彼も顔をそらしているのが見える。



「…お前が変な気を起こしたら全員死ぬ」

「わかってる」

「……わかってるなら、毒を盛ったりはしないだろう」

「!」



それって、つまり。
ばっと鎖野郎の方を見た。澄ました顔をして、それ以上何も言わないけれど、立ち去りもしない彼に自分の頬がみるみる緩んでいくのがわかる。
私は何度もこくこくと頷いた。盛るわけない、盛るわけないよ。例え仲間が人質にとられてなくたって。だって彼も私のご飯に盛ったことがない。当然のように、美味しいご飯をくれるのだ。



「っじゃあ、じゃあ俺が、お前が忙しい時に料理したら食べてくれる?」

「出来によるな」

「おう…シビア…がんばる…」




相変わらず彼は、ツンケンしてて、厳しくて、いつもつめたいけれど。
でも、ね。ほら。私のこと嫌いなはずの割に、何だか届きそうな気がしちゃうでしょ。馬鹿かもしれないけれど。

160916


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