「あ!」

「………何をしている?」

「え、えっと……」



悪戯が見つかったような、なんて、そんな可愛らしい空気ではないのはもう誰が見ても明らかだった。私にでも下手なことを喋ってはいけないとよくわかるような張り詰めた空気が、部屋の壁をギシギシと鳴らしている。
居心地が悪くて逃げ出したかったが、自分が悪いのもよくわかっているのでなんとか顔を上げて鎖野郎を見た。彼の瞳の奥の方は、赤く燃えていた。
怒った時に垣間見えるその赤を、綺麗な目だと思って見つめることは、とにかく鎖野郎が怖すぎるので未だに出来ていないけど、きっとよく見るとものすごく綺麗なんだろうなぁと、1人の時は考えたりもする。

けど、やっぱり、直視するのは怖すぎて光の速さで目をそらした。いや、だって怒ってるんだもん。きれーとか思って眺めてる場合ではない。少しでも気を抜いたり間抜け面をしようものなら、もうこの場で殺されそうな雰囲気だった。こわい。

なぜこんなに鎖野郎がブチ切れモードなのかというと、さっきも言ったとおり100%私に非がある。いや、やっぱり、85%くらい?
だってこの生活感のまるでない部屋で過ごすのがあまりにも暇すぎたのもいけない。だから私は、鎖野郎が私物をいじられるのが嫌いな神経質野郎だという気がしていながらも、数時間前鎖野郎の部屋の掃除及び洗濯を始めてしまったのだった。



「ちょっと、隅の埃を、取ったり…」

「………」

「あと、この通り、洗濯を……」

「………何もしなくていいと言っただろう」



なんだかそれは苦々しい声だった。引きずり出すみたいな、力のない声だ。
ここに来たばかりの頃なんかは、ぴしゃり!って感じで、ウニみたいに刺々しい言葉を私に投げつけていたのに、最近鎖野郎はこんな感じでブチ切れはしても攻撃的でなくなっている。
本当だったらここで「次余計な真似をしてみろ、お前を殺す」は確実に言われそうなものなのに、いつまでたってもそんな台詞は降ってこない。
逆にこわい。やる気をなくしているのかこの人は?そういう奴って、計画的でやる気のある奴より何をしでかすかわからなくてこわいよね。
これ以上無気力になったら多分この人色々どうでもよくなったりして、ふらっと気が向いて私を殺しかねない…殺すとか言わない時の方が殺しにくる可能性が高いという矛盾……



「でも、あ、いや…だって、お前は俺に食べる物も飲む物もくれるから…」

「だから何だ、死なれたら困るからそうしてるだけだ」



私の言い訳に鬱陶しげにそう言う鎖野郎に、申し訳なくなる。もう私が同じ家にいるだけで気が滅入っているのだろう。可哀想だ。めちゃ可哀想。
それに、最近仕事もすごく大変みたいだし。社畜なのだろうか。きっと彼は心身ともに疲れきっているのだ。でも、だからこそただいるだけなのが気まずいんだ、私は。



「それでも、居心地悪いだろ、何もしないのは。でも料理とかは、好みとかもあるし、何より毒とか心配だろ…?」

「………」

「だからせめて、洗濯くらいは、させてほしいような…」



私の言葉に、鎖野郎は一瞬目を見開く。何かに気づいたような顔だった。それから再び苦々しく目を細めて、低い声で言った。



「…お前は、毎日心配じゃないのか?」

「ん?」

「私が、食べ物に毒を盛るかもしれないだろう」



その言葉につい、きょとんとなってしまう。
え…あのおいしいご飯に?毒を?そんなこと企んでるのかこの人は。
いや、そんなこと企んだりするはずない。もし私のご飯に本当に毒を盛るというなら、この人の行動原理は理解出来なさすぎる。



「え…でも、盛らないよね?」

「…どうしてそう言い切れる?」

「いや、どうしてもなにも…お前が俺の生死を分けているんだぞ?今、この瞬間さえも」



視線を落としてちらりと自分の心臓のあるあたりを見やる。目に見えないけれど、そこに刺さるものが、あらゆる条件で私を殺そうとしていた。
それなのに、毒を盛るなんてそんな面倒なことするはずないじゃないか。殺すなら、いま首を締めればいい。掟の剣は、抵抗も禁じている。私は抵抗できない。そんなの、この人が一番よく知ってるはずなのに。知っていてそんなこと聞いているんだよな。性格わるいな。

鎖野郎は、額を抑えて俯いた。
すこし心配になって、私より幾分か低い位置にある顔をのぞき込む。
指の隙間から見えた、こちらを向いている瞳は、もう燃えてはいなかった。



「…洗濯は」

「?」

「干す時、一度シワを伸ばしてから干さないと仕上がりが悪くなる」

「あ」

「こうやって叩いたり、一度振りさばいてから干さないと、」

「ご、ごめん、忘れてた…いつも、皺とか、アイロンかけて済ませてて…」

「…いや、次から気をつけてくれればいい」

「あっああ!」



ありがとう、というと、鎖野郎は変な顔をする。
私がお礼も言えない奴だと思っているのだろうか。そうだよな。
でも言えるんだな、私は。私はお前が思っているほど非常識じゃないんだな。
今後それをしっかり鎖野郎に理解していただきたい所存である。

160811


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