こじんまりとした厨房に、大きな冷蔵庫。
屋敷に住む者が少ないため、あまり大きな場所は取らなかったのだろうことが予想できる。
そう、ここは寮のキッチンより広いけれどだからと言って男が三人も屯するところではないのだ。
「リカルド、出てって」
「だが、少しぐらい・・・」
「リカルド様、ここは貴方の場所じゃないですよ」
「・・・わかった」
次の日本当に料理を作れることになっり、リカルドに案内されてきた厨房。
ここで毎日食事を作ってくれているクレメンスさんを紹介された。
ここまではいい。
再び言うがここはそこまで広くない。
なのに集まる男三人。
料理に興味津々なリカルドだったけれど、正直邪魔なので退散してもらった。
料理は不得意らしいのでお手伝いもあまり期待出来ないし、まぁ可哀想だと思うけれど仕方ない。
「・・・何を作りますか?」
「魚の煮付けとか作りたいです」
クレメンスさんと二人きりになれば料理の話題。
俺が自由に作っていいと許可されてるので今日はお手伝いしてもらおう。
そんなこんなで、久しぶりの料理を作れる喜びで胸の中には純粋にリカルドへの感謝しかない。
敵の手中で無防備になるしかないのは、もう仕方がないので楽しもうと朝起きて開き直った。
クレメンスさんはリカルドの仲間なので敵と呼ばれる人なんだろうけど、美味しい料理を作ってくれるので勝手に懐く。
こんぐらい開き直らなきゃ俺はとっくのとおに鬱かなんかで倒れてた気がする。
最終的にどうでもいいやとなる性格は好まれない場合が多いが、俺にとっては好都合なので良しとしよう。
「魚はカレイや鯛など揃ってますけど」
「じゃあ鯛で」
魚は丸々一匹で、俺はおろせないのでクレメンスさんに任せる。
その間にひじきや根菜を使った炒め物の準備をする。
「あの、花嫁様」
「はい?てか透か桜月って呼んでください」
「では透。逃げないんですか?」
ふいにクレメンスさんに話しかけられる。
それでも視線は手元にある野菜などに向けていたのだが、その話題に手を止め、そちらを見やる。
急にどうした、試してるのか、等ありきたりなことは思いつくけれど言葉は出ない。
なんでもないことのように視線を魚に向けたままのクレメンスさんは、俺の視線に気づいてるんだろうけどこちらを見ないし何も言わない。
俺が、返事をするまではこのまんま。
だからここ数日で思ってきた、この場所が思ったよりも快適だと素直に告げる。
これには驚いたように顔を上げ、そうですかと呟いたクレメンスさん。
「やっぱ、変ですかね?」
「こちらとしてはリカルド様に懐いてくれてるのは有り難いですよ」
「なんか、紅のとこに居ても、」
ああ、俺は今何を言おうとした。
ここに誘拐された初めの頃、恐怖のためもあるだろうが紅への想いを定めた筈だ。
なのにこんな数日間で俺は、どうしてしまったんだ。
「紅とは偽の王ですか」
「違います。本物です」
「ですが王は花嫁と違って証明するものがありません」
「宝具があります」
「宝具、ねえ。・・・後で私のオススメの本貸すので読んでみて下さい」
「・・・?わかりました」
謎は残るけれど今は料理が優先だ。
再び調理に戻ると、心が落ち着いてくる。
わからないことだらけで、知ってる人は事実を教えてくれるかもわからない。
そんな状況で、これだけが今迄通り。
料理なんて生活費をうかせたり食べに行くのが面倒だったからしていただけなのに、今では心の支えにすらなっている。
しかし、前と一つだけ違うのは誰のために作っているかだ。
ああ、あの頃の無知すらも知らなかった自分に戻りたい。