それから、まるで友達かのようにくだらない雑談に興じた。
俺が一方的に喋ったり、リカルドがここら辺の地方の文化について話してくれたり、二人して盛り上がれるのは料理関係ぐらいだったけど。
それでもこの時間ははっきりと楽しいと言える。
なんだこれは、ストックホルム症候群とかゆうやつか。
いや、この時間を楽しんでいるだけで俺はまだ、紅を好きでいれてる。
「どうした?ああ、菓子がなくなってきたか」
「リカルドがほとんど食べたけどね」
「お前だって食べただろう・・・」
ちょっと気まずそうに、呟くリカルドに笑ってしまう。
そのまま、彼は菓子を補充してくるなんて言って、扉から出て行った。
また、鍵はかけられていない。
いまなら、逃げられる。
逃げる、ここから。
ここでの生活は、思いのほか穏やかだった。
それは紅の屋敷でも同じだと言われるかもしれないけど、ここは一人だった。
あそこは良くも悪くもどこにでも人がいた。
俺を見張る人間が。
守ってくれてるし、姿も気配も見えないけれど黒羽さんはいつでも傍にいるのを知っていた。
メイドさんは呼べばすぐ来てくれるところにいるし、若狭さんも基本的に俺の傍に控えていたよなぁ。
思い出せば思い出すほど、息苦しくなってくる。
ああやって常に沢山の人に囲まれていたから今、この場所を良く思えているだけなのかもしれない。
だけどそれ以上に穏やかで、静かで、ゆっくり流れる時間を楽しんでしまった。
まぁ、今は一人で会話も殆どないのが嫌でこうしてリカルドに時間を作ってもらっているのだけど。
お願いすれば傍にいてくれるリカルド。
朝、目が覚めるともう熱すらなくなっていた紅と一緒のベッド。
比べちゃダメで、最初から答えは決まっているくせに。
ったく、意気地なし。
ふいに沈む心を引きずりあげてくれる友人も、紅もここにはいない。
まず、沈んでしまうほどため込む状況になったことがあまりないので戸惑う。
小さく吐いたため息は開いた扉の軋む音にかき消された。
「またせたな」
「いえ」
リカルドの後ろから入ってきた給仕の人が、食べ放題用みたいな大きなお皿に置いてあるスコーンや一口大のケーキをスタンドへ移していく。
お皿が大きすぎたのでケーキスタンドに乗り切らなかった分はそのままテーブルに置いてもらって去っていった。
「こんなんじゃ、夜ご飯食べれなくなるかも」
「たまにはいいだろう。ああ、明日でもいいが飯を作ってくれないか?」
「・・・へ?え、いいんですか?」
「俺が頼んでいる」
「勿論いいですけど」
そうか、作れるのか。
久しぶりにキッチンへたてるのか。
「何が食べたいですか?」
「なんでもいい。お前が食べたいもので。好きなもの、作れ」
好きなもの、と強調する彼。
気を使ってくれているのかはわからないけど、嬉しい。
美味しい料理が出てくるとは言え、やっぱり地域が違うので普段食べてるものより脂っこかったりしたんだよなぁ。
「厨房を使いたい時、話したい時は、呼べ。行くから」
「・・・はい」
ありがとうって、言えばよかった。
まだ俺の頭の隅には紅の敵という認識があったから素直に言えなかった。
だけど感謝の意は伝えた方がいいと思った時には、彼は新しくスタンドに乗せられたスイーツを食べているのでタイミングを失ってしまった。
俺もクッキーに手を伸ばして口に放り込む。
甘味の強いそれは、普段だったらあまり好まないと思うのに、もう一枚と何故か手を伸ばしていた。