あの日から、キスを求められることが多くなった。
勿論、あの日とは身体を初めて重ねた日からだ。
そうして、メモ紙はもう捨てた。
寒いからと付けている暖炉に投げ込んだので原型など留めていないだろう。
ばれるのが怖い。
自分の所為で他人が、友人が犠牲になるなど恐怖以外の何物でもない。
まぁ、俺は何もしない方が良いことはわかりきってるので何かするつもりなど毛頭ないのだが。
だから俺はとりあえずこの環境に慣れること、それを一番にしている。
シアと一緒に乗馬やお昼のティータイム。
時々紅と一緒にスポーツして、料理本片手にデザート作り。
なんかコレ、日々充実し過ぎじゃないだろうか。
そんなこともふいに思ってしまうぐらい平和で、どうしよう。
最近ではすでにどうしよう、なんてことも考え無くなってきた。
宿題は少しずつ取り組んでおり、もう終わりそうなぐらいだ。
今まで長期休暇の宿題で一番早く終わるのではないか。
なんだか自然と危機感やらなんやら失って、今ではすっかりぬるま湯に浸っている状態の現状である。
それを良しとしてくれる環境であるので、もう任せるか。
なんて感じで兎にも角にも充実した日々を送っている。
あと少しで年もあけ、年始には久しぶりに両親にも会える。
今までは親に会うなど正直面倒だったのだけど、なんだか楽しみだ。
シアにそれを伝えると、笑って頷いてくれた。
俺の実家帰省には一緒についてきてくれるらしいので、俺の大事な友達だって紹介してやりたいなぁ。
そんで紅は、どうしようか。
これが俺の旦那様で吸血種で一番偉い、とでも言えばいいか。
いや、まぁ事実ではあるけども。
今はまた温室で一人でいるのでふと思い出して考え中。
考えるのが面倒だけど、向こうであたふたしてしまう方が嫌だし。
そうして暫くの間考え込んでいたら、ふいに肩を叩かれる。
「っわ、びっくりした・・・」
「透、朗報です!明日外出できるそうですよ!」
「本当!?」
屋敷内では立場や礼儀とやらに囚われて、肩を叩いたり名前を呼んだりしないシアが意気揚々と来たのでそれにまずびっくりした。
だけど、それ以上にようやく外出が出来ることのほうが驚きだ。
「紅様が当主様や黒羽に頼んで下さったのです」
「そっか、嬉しい・・・」
「紅様にも素直にそう言ってあげてくださいね」
「うん、勿論」
「ルートや行動範囲は限られるみたいですけど、それは、」
「わかってる」
眉を下げて行動範囲の制限を伝えられたけど、シアのせいじゃない。
それにこれは仕方ないことだって本当にわかってるし、それをどうこう言うよりは何処に行くとか決める方が楽しそうだ。
「紅に範囲決まったらすぐ教えてって言っといて」
「勿論です。お二人で考えられたら楽しそうですね」
「そだね、楽しみ」
本来外出するなど当たり前のことだけど、今の俺にとっては砂漠の中でオアシスを見つけたぐらい嬉しいことだ。
屋敷内でいくら楽しいと言っても、俺は引きこもりってわけじゃないからたまには外に行きたいと思うこともあるし。
暫くして紅がやってきて、地図と共に説明を受ける。
黒羽さんが絶対に伝えとけって煩かったと愚痴る紅と苦笑しながら明日の予定を決める。
「紅、本当にありがとね。凄い嬉しい」
「俺も仕事ばっかで疲れてたしな。気分転換だ」
優しく笑う紅に、お礼の意を込めて自分から口付ける。
少ししか触れ合わなかったくせに、奥底から温かい何かが溢れてくる。
溢れた気持ちのままに、もう一度キスをした。