乗馬を楽しんでいる途中、カイン先輩は帰って行った。
今はずーっと乗ってたおかげで馬にも慣れてきたので、シアと軽くだが並走している。
そこまで速度は出していないものの、やはり風が気持ちいい。
「はー、乗馬って楽しいなぁ」
「そうですね。透は馬に慣れるのが早かったし、才能あるんじゃないですか?」
「いやいや、管理人さんとカイン先輩の指導が良かったからだよ」
馬は凄いいい子で可愛いし自然が綺麗だし、とっても優雅な遊びだ。
俺も軟禁辛いと不貞腐れてないで、こうやってお金持ちのお家様だしいろんなことを早くから体験すればよかった。
今さら後悔しながらも、まだまだ長期休暇はあるのだしと先のことを思い描く。
うん、ここでの生活も更に楽しくやっていけそうだ。
更に暫く走り続け、流石に疲れたからティータイム。
降りるとき内股が少し痛かったのだが、これは普段あまり使わない筋肉を使ったためだろうと気にしないでおく。
痛みが酷くなったら湿布でも貰えばいいや。
「透様、こちらをどうぞ」
「わ、美味しそう!」
次々に並べられるお菓子に、どれもこれも美味しそうで目移りしてしまう。
本当にもう、肥満にでもなったらどうしてくれようか。
「シアも・・・って、ダメか」
「はい、すいません」
シアの立場を考えれば、いくら友人だと言っても駄目だろう。
それはもう仕方のないことだし、我儘など言いたくない。
もちろん不満はあるけれど。
そうしてメイドさん達には申し訳ないけど二人きりにしてもらった。
許可を取るのに辺りを見回すとすぐに黒羽さんが出てきたので、もちろん監視の目はなくなってはいないのだけど。
「はー、それにしてもシアに会えてよかった」
「こちらの生活は退屈ですか?」
「いやーまぁ、多少はあるけど。てかこの生活に馴染めないからさぁ」
そう告げると苦笑される。
どうしても合わない価値観や生活スタイル。
シアは逆に学園に来たことでそう感じることもあったのだろうし、少しは共感してくれているようだ。
「そうですねぇ、紅様のご実家ですからね」
「そりゃ出来るだけ受け入れる努力はしてるけど、さぁ」
「・・・紅様のお母様のことでしょうか?」
「だって、俺は紅のお嫁さんとか愛子になりたくてなったわけでもないのに」
全てが理不尽だ。
俺はこの状態に不満は無いにしろ、望んでなどいなかったのに。
姑問題については、ここは紅の家で、つまりはお義母さんのテリトリーなわけで。
なんというか、お義母さんに勝てる要素が無さすぎる。
もうストレスは溜まる一方だ。
なんて思いでポロリと口から言葉が出てしまったのだが。
「透、そうゆうこと、事実だとしても言わないで下さい」
「あ・・・うん、ごめん」
悲しげに眉を下げるシアに、反射的に謝る。
「紅様は、透で満足しています。勿論想いに強制など出来ませんが、受け入れる努力だけでもしてあげて下さい」
「俺も別に紅で文句なんかないよ。ただ、やっぱり普通の恋愛とは違うし」
どうしても、どうやっても、俺は俺として生まれ、環境や教育により築かれたものはそう簡単には崩せない。
今までの全てで構築された結果が今の俺なのだ。
だから今を否定されると、どうしても反抗的な心が芽生えてしまうのだ。
「この先、もしも紅以上に好きな人間に出会ってしまった時が、怖いよ」
「っ、ごめんなさい。僕は紅様でも透でもないのにいろいろ言ってしまって」
自分でも自覚してしまうほどにか細い声で呟くと、シアの大きな瞳が揺れる。
申し訳ないと思っても、このどうしようもならない思いを誰かに吐き出したかった。
シアにとっては迷惑な話だろうが、今まで全てを適当に、特に何も考えずに生きてきた俺には、どうしようもなく苦しいのだ。
今すぐ、逃げたくてたまらないのだ。
昔みたいにただ笑って正樹たちと飯食って遊んで、時々勉強して、なんて。
そんな昔に戻りたい。
「ごめん。なんか、今までのストレスが一気に来てるみたい」
「それこそ透の所為では無いですし、仕方ないことです」
「うん。・・・はぁ、本当ごめん。でも少しはすっきりしたかも」
「それなら良かったです。時間は沢山あることですし、ゆっくり落ち着いて下さい」
「そだね、とりあえず落ち着く。そんでいっぱい考える」
だから、迷惑かもしれないけどまた話を聞いてというと、笑顔で首を縦に振ってくれた。
俺はまだこういった人たちが居るから、大丈夫。
焦燥も、悩みも、もどかしさも、全て解消されないままだけど。
それでも折角の長期休暇だし、ゆっくりと心身ともに休めて、今後の自分について考えていこうと心に決めた。