高さも横幅も大きい棚に、隙間なく敷き詰められた蔵書。
すぐにたどり着いた書架は、もう何といえばいいのか、兎に角凄かった。
「透様、こちらの司書に案内をさせます」
「初めまして、透様。宜しくお願い致します」
「はい、宜しくお願いします」
案内なんて、と思ったものの、これでは花嫁の書物に辿り着くまで相当な時間を要す気がするので良かった。
若狭さんと変わり先導してくれる司書さんについていくと、何故か椅子に座らされる。
「こちらが花嫁の文献を置いている場所に御座います」
そしてとりあえず数冊持ってくるから待っていてくれと言われ、荷物持ちに若狭さんを引き連れ離れて行った。
といってもここら辺に花嫁の書物を多く置いてるという言葉通り、視界に入る範囲に居るけど。
「透様、3冊程用意致しました」
「ありがとうございます」
「何かお取りになる際はこちらの脚立をお使いください。届かぬ場合はお呼び下さいませ」
「わかりました」
一礼して去っていく司書さんの後ろ姿に俺は小さく頭を下げて、若狭さんの方に向く。
「あの、俺はここで本を読むだけなので一人にして貰っていいですか?」
「そうですね・・・構いません。室内ですし、司書も複数居るので完全に一人というわけでもありませんからね」
だけど移動する際は必ず呼んでくれ、と最後に何回も言ってから若狭さんも立ち去って行った。
久しぶりに一人になれて、少し嬉しい。
勿論若狭さんやメイドさん達と話すのも楽しいのだが、それとこれとは話が別なのだ。
不気味ながらも一人笑ってしまい、漸く落ち着いた頃に司書さんが持って来てくれた本に手を伸ばす。
だが、元々読書は嫌いではないとはいえ、正直この厚さはげんなりする。
それでも自分自身のことはきちんと知っておきたい。
よくわからない覚悟を決めて、ページを捲り始めた。
「・・・る、・・・と、・・・透様!」
「っ、はい!」
「集中していたところ申し訳ございません」
「いえ・・・それで、何でしょうか?」
呼び声に視線を本から外すと、予想以上に集中していたらしく、既に窓の向こうでは橙色の光が煌々と輝いていた。
呼びかけてきた人の服装を見ると、案内してくれた人とは別の司書さんだ。
「花嫁についてお調べとのことでしたので、私共も書物を探させて頂きました」
「ありがとうございます!」
「こちらが屋敷にある書物の中で最も詳しく書かれてあると思いますよ」
「わざわざありがとうございます」
「いえ、こちらこそ中断させてしまい申し訳ありませんでした」
一礼して去っていく、青みのかかった髪色の司書さんの背中を眺める。
わざわざ探してきてくれるなんて、いい人にも程がある。
仕事だと言われればそれまでだけど、それでも本当に有難い。
今まで読んでいたものも、確かに愛子のことについて書かれていたのだが、前に学園で借りたものと内容はほぼ同じであった。
強いて言うならば内容を難しく、回りくどく書いているだけな感じだった。
この本はここまでにして、先程持ってきてくれたものを読もう。
もうそろそろ紅も帰って来るだろうが、今はこの本に物凄い興味があるのだ。
そしてページを捲った瞬間だった。
本の隙間に挟まっていたのだろう、何かメモのようなものが落ちる。
最初、この本を読んだ人が栞がわりにでも使っていたのだと思っていた。
だからさして気にせずにテーブルの上にそのメモを置いたのだけど。
『会いに行きます』
その文字に、思わず動きを止めた。
これはもしや、誰かの逢引などに使われているのだろうか。
野次馬の好奇心が胸中を占めてしまい、少しだけ、なんて思いながらメモを手に取る。
だけどメモには会いに行くとの言葉しか書かれていない。
あと特徴を言うのならば薔薇の絵が描かれたメモ帳だ。
それだけのことなのでつまらないと思った時、本の隙間にもう一枚メモ用紙が挟まっていたのを発見。
好奇心は収まりを見せず、むしろワクワクしながらその用紙にも目を通す。
「・・・え、」
その内容に、思わず目を見張る。
なんで、どうして、これは、
『赤き月の昇る夜、この世にたった一輪しか咲かない、美しき花を愛でたいものだ
この世の総てに愛されるし花よ、偽の王に騙されるな
そちらの状況は既に知っている
貴方を奪うことなど容易いものなのだ
花よ、もしもこの手紙のことを口外したならば貴方の友がどうなるのかよく考えておくれ
このことを内密にするならば、暫くは言の葉で貴方を口説きたいものだ』
赤い、月。
花嫁の伝承に必ず出てくる単語に鼓動が速まる。
瞬きすることも忘れ、ただただその内容を頭の中で繰り返す。
偽の王だとか、奪うだとか、もう止めてくれ。
なんで友達がどうなるのか、考えなければいけないんだ。
だって、俺は普通の人間だ。
花嫁だなんて言われても、強いて言えばちょっと料理出来るぐらいのさ、凡人なんだよ。
今はただでさえ新しい環境、慣れない待遇に悩まされているのに、悩みの種は尽きずに俺を混乱させてくる。
ああもう嫌だ。
続く非現実に、夢であれと願いながら、そっとメモをポケットの奥深くに仕舞い込んだ。