夕飯の後、いろんなものが原因となり頭が痛くなってきて、部屋に戻るとすぐにベッドに倒れ込む。
風呂も浴びてないし汚いのはわかるのだが、再度立ち上がる気力が本当にないのだ。
「・・・・・・・・はぁ」
「大丈夫か?まぁゆっくり慣れてくれ」
「慣れる気がしない!てか本気で俺帰りたいんだけど」
「何か気に障る様なことでもあったか?」
「それは、別に無いけど・・・」
問題は、特にないのだ。
むしろメイドさんたちの給仕は完璧だし、騎士団の人や警備の人のおかげで寮に居るよりはるかに安全な場所であるのはわかる。
だがやはり俺にとって別世界というか、蚊帳の外でありたいというか、そんな心境だ。
「俺は明日からまた挨拶に行ったり元老院との会議にも出なきゃいけない」
「えっ・・・あ、そうだよね、忙しいよね」
「悪いな、傍に居られなくて」
「仕方ないことだし、大丈夫。でもなるべく早く帰ってきて」
横たわる俺の隣に座る紅の太腿に、甘える様に手を乗せる。
上から重ねられる温もりが、今ここに在るもののなかで唯一確かなもののようで、子供の我儘な独占欲のようなものが生まれてきた。
自分がここに居るって主張する為の道具とでも言うようで申し訳ないが、この屋敷で俺を本当に肯定してくれるのは、きっと紅しかいない。
不安で押し潰されそうな胸を軽くしてくれるのは、紅しかいないのだ。
まるで自己暗示のように繰り返し心の中で呟くと、そのまま目を閉じた。
翌朝、目を覚ますと隣には僅かな温もりは残されていたものの、紅の姿はない。
残された熱を確かめる様にシーツの上に手を置くのだが、それもやがて冷めていった。
そうして暫く呆けていたものの、きっとメイドさんがお掃除とかするのであろうから邪魔は出来ない。
しかも昨夜、結局風呂にも入らずに寝落ちしてしまったのだ。
朝風呂は大丈夫だろうか、シャワーでも浴びたいものだが。
とりあえず寝台からおりて部屋の中をキョロキョロと見渡すと、どうやら内設されたシャワールームがあったのでそこへ着替えと置かれてあったバスタオルを持って向かう。
熱いお湯を浴びると、頭も冴えてきた。
清潔な衣服に着替えて、汚れた服をどうしようかと思っていた時にノックの音が響く。
もしかしたら水音が聴こえて、俺が起きたのに気付いたのかもしれない。
「はい」
「失礼致します、透様。若狭でございます」
「あ、おはようございます」
「おはようございます。朝食の準備が整っております」
「わかりました。あの、洗濯してほしいのがあるんですけど・・・」
「それなら床に落として下されば食事中にメイドが回収に来ます」
そうか、ホテルのようなものと考えていればいいのか。
一人納得してシャワールームの扉のすぐそばに置いて若狭さんの後ろをついていく。
食堂へと先導してくれる若狭さんは、確か従者として滞在中俺の世話をしてくれる人だと、昨夜の記憶を手繰り寄せる。
きっと専ら暇つぶしの相手をさせてしまうだろうけど、相手が居るのは嬉しいものだ。
黒羽さんは俺が本当に一人になる時や、頼み込んだ時しか姿を現してくれないから暇つぶしの相手としては少し違うんだよなぁ。
そうしてついた、昨夜も来た食堂で一人で食事をとる。
ご飯が不味いとかそうゆうわけではないけれど、自分で作る習慣が既に出来上がっているのでなんだか違和感。
時々面倒だと感じる食事作りも、いざしないとなると恋しいものである。
後ろに控えている若狭さんに、時々飲み物が無くなった時にすぐさま注いでくれる給仕の人以外居ないこの空間は正直寂しいし、なんだか息苦しい。
息苦しいのはこの豪華すぎる家だからもう諦めているが、普段紅と二人か正樹達と食事をとるかなので、寂しいのだ。
早くこの空間から出たくて、急いで食事をとり部屋に戻る。
と言ってもやることはないのだけど。
また寝ようかな、なんて考えていた時、ノックの音がして若狭さんが入ってくる。
どうやら若狭さんは俺の情報を紅から聞き出していたのか、料理の本を持ってきてくれたり、ここら一帯の観光名所の写真を持ってきてくれたりした。
本当は写真じゃなくて実際に見て欲しいと眉を垂れて、申し訳なさそうな顔をした若狭さんは本当に優しい人だ。
だからこそ俺なんかの世話をさせて申し訳ないのだが。
そんなこんなで数日がたち、ここ暫く夕食は一緒にとれるものの、昼間は専ら外へ行っている紅にやきもきしている生活を過ごしている。
天気のいい日は庭園に行き庭師やメイドさん、若狭さんと話しながらお茶をするのが日課となっている。
少々太った気がするけど、まあ男だしそんな気にすることではない。
寮に軟禁されてた時もストレスやら運動しないやらで太ったけれど、外に出れば何事も無かったようにすぐに元の体重に戻ったし、きっと大丈夫。
「あ、そう言えば花嫁の伝承ってどんぐらい知ってるんですか?」
「そうですねぇ・・・」
今日は庭園に若狭さんと二人きり。
初日の夜に紹介された人以外は俺が花嫁であるということは知らないので、今日は若狭さんと二人きりでお茶にしてもらっていろんなことの質問タイムだ。
もっと早くにしておけば良かったのにと思わないでもないが、環境に順応する時間は絶対必要であったと思うので気にしない。
「私は人間であるので、伝承についてはそこまで詳しくありませんね」
「んー、まぁそうだよねぇ」
本当に今更な話、俺が花嫁であるということ自体今でも信じられないし、信じたくない。
襲ってきた吸血種やあの肌の黒化を見ると信じざるを得ない状況だけど。
花嫁の色香が出るまで、俺も若狭さんと同じで伝承自体は一応認知していたものの、ただそれだけだった。
そのことを伝えると、若狭さんは少し考え込み、やがて口が開かれる。
「透様、書架へご案内致しましょうか?多くの蔵書がありますので、花嫁に詳しいものもあるかと」
「じゃあぜひお願いします」
この昼間の穏やかなお茶の時間も楽しいのだが、それが数日続くとやはり飽きるもので。
やることが無いのでダラダラとお菓子を食べたりが主だったし、どうせ外に出れないのだから花嫁についてではなくても、物語の世界に思いをはせても良いだろう。
いい案を出してくれたと、笑ってお礼を言いながら、最後に甘いパイを口の中に押し込めて席を立った。