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そびえ立つ大きな壁。
中心には、豪華に装飾された立派な門。
まるで、俺という存在自体を拒むような威圧感に脚がすくむ。
車の中で門が開くのを待っている間、ただ窓から身を乗り出してみただけなのに、これではこの先どうするんだと己を叱咤する。

それでも身体は勝手に震え続け、思わず掴んだ紅の手、握り返される温もりに安堵するのも束の間、音を立てて開かれる門を車体が潜り抜ける。
どうして屋敷に着くまで車で行かなければいけないんだろうと思うが、どうやら庭は一つの国立公園並に広いらしいので、徒歩だと移動時間が凄いことになるらしい。

約5分ぐらいしただろうか、木々に隠れて少ししか見えなかった屋敷の全貌が見えてきた。
動きを止めた車から降りると、お出迎えなのか頭を下げている人たち。
白と黒で質素に、清潔な服を着ている人はたぶんメイドさんで、黒いスーツをビシッと着ているのはたぶん執事さんで。

あまりにも日常からかけ離れた光景に、俺の脳味噌は理解することを諦めたようだ。
呆けていた俺の腰に腕を回し、そっと前へ進むように示してくる紅に、ようやく現実世界を直視しようと思う気持ちがわいてきて、エスコートに合わせて歩く。

これまた大きな扉を潜り抜け、前を歩く執事さんについて中に入るとまるでお城かと思うような室内。
後ろから足音を殺してついてくるメイドさん方の手には俺らの荷物があり、女性に荷物を持たせるのはどうかと思ったが、きっとこれらが彼女たちの仕事であると前を向く。

たぶん応接室のような場所に通され、ふかふかのソファーに座る。
当主を呼んでくると言い、一礼して去っていく執事さんと入れ替わる様に入室してきたメイドさんが紅茶を持ってきてくれた。

紅茶を飲みながら、なんとか緊張を解そうとしてもなかなか肩の力は抜けない。
隣に座る紅は、実家だから当たり前だが平然と欠伸などをしている始末で、頭が痛い。

嗚呼どうしようと、本格的に頭を抱えようとした瞬間に再び開かれる扉。
音にびっくりして視線をそちらへ向けると、目鼻立ちの整った、温和な顔をしている男性が微笑を浮かべながら入ってきた。

「初めまして、愛子。私が神咲家当主の神咲玲です」

「っ、ぁ・・・初めまして、桜月透です」

腰に直接響くような、低いバリトンボイスに思わず言葉が詰まる。
というかこれが紅のお父様ってことは、いつか紅もこんな風になるのだろうか。

「で、母さんは?」

「それが、昨日からユナルヴァルツ家のご夫人と旅行に」

「ふぅ・・・良かったな、透」

「え?あ、うん。・・・って、すいません!」

思わず深い息を吐きながらしみじみと言ってしまったが、ご当主様が居たよ。
なんてことをと咄嗟に頭を下げて謝ると、笑ってくれたけれど怖すぎる。

「当主よ、少し良いか」

「もちろん。何ですかね?」

まだ慌てふためいていた時に、後ろから声が響く。
いつのまにやら背後に控えていた三人の黒羽さんのうち、一番前に立つ人が、仮面越しにこちらを見ている。
いつも一緒にいる相手だけど、場所が変わるだけでなんか緊張する。

「なるべく愛子の部屋と近い場所に待機場所を貰いたい」

「桜月君は紅の部屋に泊まってもらうから、向かいの部屋を使ってくれ」

「心得た。それと屋敷内の警備の状況を教えて貰おうか」

「それはクロヴィスが後で説明してくれるよ。この後一人ここに残ってくれないか?」

その時に屋敷の構造や警備の状況を教えて貰ってくれと言い、会話は終わった。
警備、という言葉に、あくまで俺は避難しにここに来たんだなぁと自覚する。

再び控えるように後ろへ下がる黒羽さんを見て、再び俺に視線を向ける当主様。
切れ長の瞳から発される鋭い眼光に思わずたじろぎそうになるが、穏やかな笑みを浮かべてくれているのでなんとか耐える。
基本的に当主様は温和な笑みを浮かべているので怖くはないのだけど、やはりオーラというか雰囲気というかが、凄い。

「さて、桜月君。妻は申し訳ないことに君に反感を抱いているようだが、私は歓迎していることは理解してほしい」

「はい。それは勿論」

「紅とは仲良くしてくれてるかな?」

「はい」

「それは良かった。到着したばかりで疲れてるだろ、また明日話をしよう」

その言葉でこの場はお開きとなる。
実際に、この環境の違いすぎる場に息苦しさを感じる。
寝てばかりいたとはいえ、移動時間は長かったので腰や肩が痛む。

それでは、と部屋を出ていった当主様。
メイドさんが紅の部屋へと案内してくれると言ったが、紅がそれを断り、二人で紅の部屋へと向かう。

廊下を歩いているだけなのに、掃除をしていたメイドさん方が頭を深く下げているのを見てなんだか泣きそうになった。


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