音を紡ぎだすその唇を塞ぐ。
離すとすぐにまたその声を辺りに響かせてゆく。
何処までも美しい声を、物悲しい歌を聞きたくなくて耳を塞いだ。
青年は目を見開くと勢いのままその上体を起こした。
目を開こうとも時刻は既に深夜で辺りは木々に囲まれている為月明かりさえ差し込まない。
闇の中で、荒い息が聞こえる。
そっと両手で自分の体を抱きしめる。
自分がここに存在しているのだと確かめるために。
その時古びた扉を開く独特な音がして、暗い部屋に明かりが灯った。
「失礼します、どうされたのですか?」
「・・・・別に」
「悲鳴を上げてましたよ」
「・・・・歌が、」
途中で切れた言葉の続きを最初から分かっていたように頷く男を部屋の主である青年が睨み付ける。
大体月に2回ほど、多い時で3日に一度のペースで夢の中で響く歌声。
その歌声は何度聞いても素晴らしいものだと思うし、歌詞も切ないが良いものだと思う。
「―――様、汗をかいております。拭くものを持ってきましょう」
「いい、シャワーを浴びてくる」
「左様で御座いますか、ではお着替えを用意しておきます」
頷くとすぐに男は部屋から出ていったので、それを見届けてから深く息を吐いた。
ベットから抜け出して言葉通りにシャワーを浴びに行く。
シャツを脱ぐと腹部ある青痣は、見様によっては花のような形をしている。
それを親の仇でも見るような鋭い目で睨めつけると思わずといったようにその痣の上を殴りつける。
冷水を頭から被り、体に纏わりついていた汗も綺麗に流して頭もすっきりした。
先程の男が用意してくれた新しい衣服を身に着けるともう一度寝る気もしないのでソファーに座る。
「花嫁以外の人間など・・・滅びればいい」
一切の表情を浮かべぬ人形のような顔をして零れ落ちた言葉は恐ろしいだった。
この青年にとってそれは近い未来に起こる出来事であり、いずれ己で成し遂げるべきものだ。
「いや、我等吸血種が上位に立てばそれで良いか」
ふっと息を吐く様に小さく笑ったがその瞳には相変わらず何も浮かべていない。
青年にとって成すべきことは幼い頃から両親に言い聞かされていた。
小さい頃は疑問に抱き、それが本当なのかとこの屋敷にある膨大な図書から調べ上げると言葉通りの真実がそこにあった。
「失礼いたします―――様」
「どうした?」
「花嫁についての情報で御座います」
「早く言え」
「かしこまりました。では、まずこちらを」
赤い液体―――血の入った容器を差し出してくるが、この匂いは間違いなく花嫁のものだ。
こんなに吸血衝動を誘う匂いなど今まで喰らってきたどの人間からも動物からも嗅いだことなど無い。
「何処で・・・これを?いや、花嫁は!!」
「ある学園の生徒がこの度の花嫁で御座います」
詳しく聞くと我等一族の傘下の一族がある人間と取引を持ち込んできた。
「調べたい人間がいるのだけど、その子の血が興味深いんだ」その言葉に様子見もかねて取引を結んだそうだ。
よって、その一族から二人の者を遣わせた。
一人はその学園の理事長とやらに身柄を拘束されているがもう一人は見事に血を持ち帰ってきたそうだ。
「そう、か・・・」
「如何様に致しますか?」
「そうだな・・・」
青年はその瞳に、初めて感情というものを浮かべる。
楽しそうな表情のまま、血液の入った容器に指を突っ込んだ。
血液の付着した指をその歪んだ唇からのびる真っ赤な舌に押し当てると、そこからジワジワと広がってくる快感。
そして同様にエネルギーが高められ、湧き上がる力に思わず声を出して嗤ったのだった。