最悪な目覚めだ。
目を開いた瞬間、そう思った。
腕にはクレメンスさんに貰った本を抱きかかえ、近くには紅の吐息を感じる。
昨日リカルドが届けてくれたそれに縋るように抱きしめていたなんて。
無意識の行動だけれど、いや、無意識だからこそ余計に後ろめたい。
上体を起こすと、つけたままの宝具が小さな音をたてた。
ネックレスを力任せに引っ張ってしまおうかと思ってしまう程には気が立っているようで浅い呼吸を何度か繰り返して心を落ち着かせてみる。
正直落ち着いたとは言えないものの、とりあえず宝具をどうこうしようという気持ちはなくなったのでよしとしよう。
顔を洗って温室で朝食を食べて、着替えて外へ出る。
敷地内を散歩するだけなのに、何故かあの本を置いていく気になれなかった。
広大な敷地なので全部を見て回ろうとは思わないけれど、もう少し奥の方まで行ってみよう。
何度もここでやめようと思いながらも、結局脚は止めなかった。
さわさわと風が木々を揺らす。
晒された肌が冷えを訴えていて、何度か擦り合わせたけれど大した効果も無かったので我慢することにした。
「はぁ・・・白い」
その後も暫く歩き回ったのだが、いい加減疲れたのと綺麗な芝生だったのでとりあえず寝転がることにしてみる。
深く吐いた息は一瞬空気を白に染め、すぐに消え去る。
日が出てきた空を眩しげに眺めながら、とりあえず目を瞑ってみた。
心は落ち着いた。
だけど、どうしても勇気が出ない。
あの本の続きを読む勇気が。
両手で本を掴み、翳してみる。
さっきまでうじうじ悩んでいたくせに、何故か決心がついた。
【第1章:吸血種の王は初代以外は偽】
開いてみたはいいものの、目次に今までの全てを覆す文字の羅列があり早速心が砕けそうだ。
もうこの本の作者全部逆の事言えばいいみたいに思ってないか?
若干逆切れしながらも、前書きを大人しく読み始める。
【これは一つの説にしか過ぎない。
しかし、事実であることに間違いはないのだ。
読むにあたり気を付けてほしいのは、文中の‘王’という人物についてだ。
元老院が定めた王であり、真の王であったものは初代しかいないというのが私の見解である。
‘王’という表記の時は元老院が決めた王である。
初代の王と混合しないように気を付けてもらいたい】
その後も難しい言葉で個人的見解とやらを簡単に述べている。
正直最初から心を抉られたような気分になっているのでもうやめたい気しかしないけれど、知りたいから。
そんな単純でいいと思うから。
【最後に、この知恵を繋げてくれた今までの師達に感謝を
−−−予言師ソフィアの意思を継し者 ライムンドゥス】
今更だけどこの本の著者はライムンドゥス、か。
それはどうってこともないし、てか聞いたこともない名前だったけれど、何故だか心の奥底に残る。
それに予言師ソフィアってのも意味深だし。
まだまだ知らないことが沢山で、知りたくもない事実がいっぱいだっていうのは知ってしまった。
「はぁ・・・」
ため息をつくと、まるで同情してくれたかのように風が吹く。
それにしても寒すぎるけれど。
「・・・あい、たいのかな」
会いたい、のか。
そう、思ってしまうのは、なんでだろう?
心の中ですらカタコトになってしまうのに苦笑しつつ、今日は快晴だなぁと、現実逃避のように空を見上げた。