ゆっくりと開いた目では視界がぼやけていて、ベージュの天蓋が見えるはずなのに黒いものが見えた。
たぶんそれはまだクラクラする頭と視界のせいだと思ったので気にせずに。
暫くしてピントが合うようになった視界ではベージュが見えた。
さっきの黒はピントがずれてたとはいえ不思議だな、なんておもってたら突然視界に入り込んできた黒。
驚いた声が出る前に口を塞がれて恐怖が身体の奥底から湧き上がる。
「っ・・・っ、」
「透」
塞がれた口で何とか声を出そうとしてたら耳元で囁かれた自分の名前。
そして、聞き覚えのあるその声。
目を見開くと同時に、もう騒がないとわかったのか口を押さえていた手が離れる。
「紅・・・?」
「迎えに来た」
今の紅の装束は黒羽さん達のものと一緒だった。
顔も仮面で覆われている為に声でしか判断出来ないけれど、確かに紅だ。
「あ、りがと」
素直に、嬉しい。
けど、眠る前にここに居ると言ってくれた男が気になってしまう。
裏切ってしまったような背徳感と罪悪感でいっぱいで、上手く言葉が紡げない。
ああそうだ、俺熱も出てるんだよ。
「・・・?どうした」
様子がおかしいことに気づいた紅に顔を覗かれる。
今、変な顔してるんだろうな、俺。
「熱でた」
「大丈夫か?今からここを抜け出すけど、静かにしてくれれば俺が、」
多分紅が抱えて逃げてくれる、みたいなことを言おうとしてたんだろうけど、急にその姿が消えた。
ここからバスルームが近いのでたぶんそっちの方で身を隠してるんだろう。
普通にバレそうだけど、まぁここに堂々といれるわけないか。
それにしても急にどうしたんだろう?
不思議に思いながらも、いい加減身体を起こそうと腕に力を込めた。
そんなところで扉の音がして、バスルームの方を見たけど、そっちじゃなくてこの部屋唯一の出入り口の方だった。
「おい、大丈夫か」
「あ、はい」
「医者を連れてきた。診てもらえ」
大柄なリカルドの後ろから出てきた年配の男性。
彼にいくつかの質問をされたり聴診器を使われて検診されたり触診されたりした。
少し風邪を拗らせてるらしいが、ただ熱が出ているだけで何らかのウイルスとかそんな類のでは無いと言われた。
解熱剤やら咳止めら鼻詰まりなどの薬を貰って医者は帰っていった。
この部屋に、リカルドと二人きり。
嘘、紅がいる。
もしも、もしもの話。
俺がここに居たいと言ったらどうなるんだろうか。
紅と共に行くという選択肢を選ぶのが当然なんだろうけど、ああもうこんなこと考えてる時点でだめじゃないか。
「大したことは無くて良かったな」
「あ、はい」
「まだ寝るか?それとも軽食でもとるか?」
お腹はあまり空いていない。
けれどこんな状況で寝れる気もしないし、どうしよう。
「じゃあ、軽食で」
考えた末、寝れないなら少しでも栄養を補給した方がいいと思った。
そう伝えたけど、リカルドは何の反応も示さない。
どうしたんだろう、急に。
素でそう思った時に、リカルドの口が動いた。
「ああ、睡眠でも食事でもなく、選択肢がもう一つあったな」
「・・・?」
「それとも、奴と一緒にここを去るか?」