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結局詩葵は夕食の時間まで部屋に帰ってこなかった。
全く、翠の同室者に迷惑をかけていなければいいのだけれどと思う。

そんなこと考えていれば集合場所の3階にある共同スペースに辿り着きソファーに座る。
この階には防音完備の音楽室やらちょっとした体育館みたいな運動できる場所やらいろいろあって生徒が雑談する憩いの場となっている。

柔らかいソファーに体を任せる。
ぼーっとしながらみんなを待っている。
今日は少し早く来すぎたのかもしれない、5分ぐらいたったけれど誰も来ない。

腕時計を見ると6時半に約束したのにまだ20分をちょっと過ぎたぐらいだった。
なんか、今更部屋に戻るのも馬鹿らしいけれどずっと此処にいるのもなんか嫌だなぁと思う。
みんな食堂に行っているからか知らないけれど誰も居ない。自分以外。


暇だからあの本を思い出す。
つまらなかったような、面白かったような、よくわからないあの本。


愛子は16歳で力とやらに目覚めるらしい。
その日までは他の人間と何一つ変わらないくせに、いきなり変わってしまう。

ただ、かわいそうな子供だと思う。
魔物に――この場合吸血種だろう――好き勝手扱われて力だけを欲される。
自分自身を見てくれないのに、どうして好きになれるというのだろうか。


あぁ、読み終わったんだからそろそろあの本を返しに行かないといけない。
なのに返したくない、手元に置いておきたいと思うのはなんでだろうか。

どちらにせよ、王が来るのならば必然的に愛子もわかるだろう。

全く関係ないのに、こんなに本に惹かれてしまうのは俺の16歳の誕生日がそろそろだからだろうか。


              *******


「僕らも結構早く来たと思ったけど透すごく早かったね」

「あぁ、部屋の時計が少し早く進んでたみたいだ。腕時計みて驚いた」

そう言って笑い合う。
ぼーっとしてたら急に声をかけられて誰かと思ったら詩葵と翠だった。
ちなみに正樹はまだ来ていない。
まぁ、約束まであと数分はあるからそうだけど。

3人で雑談していれば程なくして正樹が来た。
そして食堂へと向かう。



食堂は相も変わらず混んでいて人の多さに酔ってしまいそうだ。

「あー…席あいてっかな?」

「空いてるとは思うけど…あ、あそこ空いてない?」

「あー!ホントだ!もう腹減ったよー!」

そう言ってぞろぞろと席に着く。
パネル式のメニューがあるからそれぞれ頼んだ。


待っている間は、普段は普通に今日あった出来事とか話すんだけど今日は勿論吸血種の話で盛り上がる。

「それにしても、吸血種が来るって…本当に王なのかな?」

「しかも此処に居る誰かが愛子――花嫁なんでしょ!?伝説上のモノだと思ってたけどさー」

「そりゃ、誰もが思うだろ。何百年に一人なんだからまさか自分たちの代だとはそうそう思わねぇよ」

俺もびびったと言う詩葵に笑って相槌を打つ。
本を読んだ時もただの主人公が可哀想なファンタジーな物語だなーぐらいだったし。
それがまさか今この中に居るかもしれないとかもうなんか怖い。

「ま、俺らみたいなヤツなわけがないしどうでもいいじゃん」

「そうだけどさー、夢がないなぁ透は」

「あーはいはい悪かった」

「もー」

とか言いながら笑いあう。

「あ、そう言えば16歳に力がどうのこうのってあるけど…透そろそろだよね」

「そうだけど…」

「も、し、か、し、て、透きゅんが愛子だったりしてー!」

「お、そうかもな」

「お前ら…あんまり馬鹿なことばっか言うなよ」

溜息を吐くけれど今この場は王と愛子の話題で埋まっている。
更に翠と正樹はだいの噂好きときたもんだ、適当なことでも当てはまっていたら大事のように話すから冷や冷やするもんだ。

「でも、意外とそうかも?」

「詩葵…お前まで馬鹿なこと言うなよ」

ったく、と眉を寄せて睨んでやると悪かったと謝った。
そうしてまた適当にからかわれたりからかい返したりしていると料理が運ばれてきた。

給仕人にありがとうと言って料理に手を付ける。

美味しい。
そう思うのに、妙に味気ない気がするのはどういうことだろう。


心の不安と言うか、何か蟠り(わだかまり)がする。
そんな心中に蓋をして、いつものように笑うのだった。



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