三秒黙ってキスをしよう

青い空は一度橙に色を変え、やがて黒に侵食されていく。
太陽の光はこの時間になると既に姿を隠していた。

あと少しで日付が変わる。
そわそわとしながらも、その時を待つ。
焦る気持ちはあるけれどそれよりも理性が働き冷静に思考は動いていく。

伊達にスパイ、隠密なんてものをしていたわけじゃない。
今はこうして捕まってるけど、実は結構有能なんだ。
なんて、捕まってるくせにと言われそうだな。

煌々たる蒼白い月は遥か上にある小さな小さな窓から見える。
窓には格子がある為にその形をしっかりと見ることは出来やしないけれど、その美しさはわかった。

隠し持っていた時計を見ればついに数秒。
ああ、ついに。
やっと、君のもとへ。

石壁に背中を預ければ、本来ならば堅いそれは身動きなどしない。
しかし、今日は違う。

石同士が擦れ合う音。
決して小さくは無い音だけれど誰も来やしない。

何故なら今日はエイプリルフール。
本来は嘘を吐いて良いという風習なのだが、この国では少し違う。
現国王がこの日に生まれたため、記念日ともなっている。

その為この国では嘘も吐いていいし、王が生まれたこの日を皆で楽しく過ごそうという日だ。
皆が仕事もせず、一斉にどんちゃん騒ぎ。
王の誕生を祝うのではないか、と思うけれどこの日は王の唯一の自由の日となる。
普段一時も休まることの出来ない王休息日。

だからもしも王が街に出ても、市民は同じ一般市民のように接する。
まぁ、無礼講だ、祭りだ、そんなノリ。

さて、それに俺みたいな捕虜や罪人は関係ない。
牢に入れられている者は非国民とされ、祭りを楽しむ権利など無いのだ。
この日は牢の番人もいない、罪人達にとっては一日断食の日となりむしろ苦痛だ。

この際に脱出しようと目論む罪人は多いのだろうが、今迄成功者はいない。
鉄壁の牢獄に閉じ込められたら逃げる術はないのだ。

しかし、俺は今日この牢獄を抜け出す。
人一人通れる小さな扉を潜ってしまえば、その扉は再び何事もなかったかのように閉まっていく。
導かれるようにある松明の灯を頼りに足を進めていけば、ついに、君に。

行き止まりかと思われるところで立ち止まれば松明の灯は一斉に消える。
そして、目の前の壁がゆっくりと開いた。

「・・・久しぶり」

「うん、去年ぶり」

今日一日だけ。
君のぬくもりに、酔い痴れたい。

捕虜の為に普段から満足に食事は与えられていないし、動かないのでこんなに歩いたのは久しぶりだ。
小走りで彼の元へ向かえば途中で足が縺れたが、倒れる前に彼の腕の中。

「会いたかった、愛してる」

抱き込まれた腕の中で、この温もりだけで幸せなのにこんな言葉まで。
嬉しさ、愛しさで涙が零れ落ち、しがみつく腕に力を入れることしか出来なかった。

彼に抱き上げられベッドへと向かう。
まだ今日は始まったばかりなのに性急だなぁと思いながらも、求められてることが嬉しくて堪らない。

衣服さえ脱いでしまえば、もう一人の人間でしかない。
彼も、王の自由の日だからただの人間だ。

そうして彼の激情に奔流されながらも、背中に回した手だけは離さずに。
時折爪を立ててしまうけれど、すぐに気を取り直して止める。

だって、これは、今日一日しか続かない。
どんなに願ったとしても、期限はあって、こうしている間にも時は進み続ける。

何度キスをしようとも、彼もキスマークだけはつけない。
どうして、こんなにも苦しいのだろうか。

襲い来る熱をそのまま受け入れ続けていれば、やはり弱った身体には限界がくるもので意識を保つことが難しくなってきた。
だが彼の灼熱は体内に埋め込まれたまま発散出来てない。
もう少しだけ頑張ろうと回した腕に力を込める。

激しい律動の後、彼の熱が再奥に放たれたと同時に意識を手放した。


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