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煙が口内を満たす。
静かにそれを吐き出して、既に短くなった煙草を灰皿に押し付けた。

「貫地谷さん、俺らちょっと行ってきます」

「あ?どこにだよ」

「ちょっと取り立てに。本人捕まらねぇんで代理人のとこですが」

週一、もしくは忙しいときには月一だけ来る事務所。
貫地谷は義務として顔を出しに来ただけであった。

だが事務所の者も出かけるのなら帰ってしまおうと決めた貫地谷は、この後別段用事がなかったのでついていくことにした。
周りは下っ端の者達でその言葉に表情を硬くさせる。
怯えさせたいわけではないが、本人には関係なかったので出発を催促させた。


貫地谷は、いわゆるヤクザである。
中学や高校で悪さをしていたのだが、ふいに本筋の者に目をつけられた。
喧嘩の腕は勿論、勉強ではなく地頭の良さがあったことを気に入られたのだ。

両親は小学生の時離婚しており、父親に引き取られたが放任されていた。
だから高校を卒業した時に書置きを一つ残し、その道に入っていった。

あれから早10年。
そろそろ30になるが、分家のほうではそこそこの地位についていた。
コネも後ろ盾もないため、本家の方までいけるとは思っていない。

それでもこの地位に満足していた。
貫地谷が入っている組はこの国では一番大きく力もあった。
その分家も当然大きな力を持っていて、そこで上の方の地位に居るのだから。

いずれはもう一階級ぐらい昇ってやれたらいいな、と考える程度で正直やる気もなにもなかった。
まぁまだまだ俺も若いし暫くすれば代替わりもあるのだろうし、その時に考えればいい。


舎弟が運転する車がふいに止まる。
車内のもやもやした空気から解放されたことでつい大きな欠伸をしてしまった。

「貫地谷さん、あのアパートの205号室にいます」

「おう、行くか」

貫地谷としては暇つぶしについてきただけなので勝手にやって貰いたかったが、まぁいいかと足を進めた。

それにしてもぼろいアパートだ。
ギシギシとなる階段に舌打ちをして、その苛立ちは哀れな代理人にふっかけようと思う。

そんな風に呑気に考えてる貫地谷の後ろをついてきた舎弟が、部屋の前に着くとインターホンを鳴らす。
数回鳴らしても家主が出てこないことに貫地谷含めた全員が苛立ち始める。

決して短気ではない、けれど待つのは嫌いだ。
貫地谷が思いっきり扉を蹴りあげれば、中からバタバタと足音が聞こえる。
やっと来たかと、舎弟たちが悪態をつくのを聞きながら今から悲惨な目に合うであろう扉越しのまだ見ぬ人間に、凶悪な顔で笑いかけた。

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