「はよー!」
「おー・・・・」
大音量の声の主が分かった嬉しさと、気付かせてはならないという思いでそっと返事をする。
目の前のこの男は所謂幼馴染で俺の片思い相手である。
中学ぐらいから異性のことが気になるのが男と言うもの。
それでも俺はずっと女の子の事は可愛いとか綺麗とか守りたくなると思ってもドキドキすることなどなかった。
友人たちの恋バナに対しても興味が一切持てず、初心な男という事でそういう話は避けてきた。
ある日の授業で窓をのぞいたら先輩たちがサッカーをしていた。
その中でひときわ目立つ、上手な選手がいた。
名前も何も知らなかったのだが汗を拭う姿に思わず胸が高鳴った。
一体如何したんだと自分でもわからなかった。
けれど、数日後。
ふざけてシャツを肌蹴させられた先輩の胸元を見て―――
その時俺は悟ってしまったんだ。
男が好きなんだって。
恋愛対象が異性ではなく同性だという事の異常性などは分かっていた。
だから隠して、隠して、ずっと隠していた。
小さなころから秘密など全部話していた幼馴染にもだ。
気付いてしまったからと言っても付き合いたいなどと思わなかったし。
あの先輩に至っても普通男が女の子の着替えを覗いてしまったみたいな感覚だったのだろう。
そして今現在大学2年生。
昨日から彼女が出来たこの男が好きなことに昨日気付いた。
彼女が出来たという報告を嬉しそうにするこの男の笑顔におれはただ苛ついた。
どうして俺じゃないのかと。
その時気付いてしまった。
まったくもって気付きたくなかったけれど。
自覚してしまうとすぐに見つかってしまうからさ。
「・・・んだよ、そんな辛気臭い顔して」
「うるせー、徹夜でレポート書いてたんだ」
嘘。
徹夜で本当に俺はこいつが好きなのかと自問自答していた。
「うわー、忘れてたのか、鈍くせー」
「悪かったな」
それからも適当に話しながら講師が入ってくるのと同時に言葉をつぐんだ。
「おつかれー」
「おー・・・」
「って、お前寝てただけか」
開始早々寝入ってしまった俺は講義の終了と共に起こされてのびをする。
隣の彼は既に筆記用具やらルーズリーフは片づけ終っていた。
「じゃ」
「・・・え」
「え、じゃねぇよ。俺彼女と次の講義一緒だからさ」
照れくさそうに笑う彼にそうかと一言、そして右手を振る。
元気よく振り返して立ち去った彼に、自分に、苦笑失笑馬鹿みたい。
溜息をついてそのまま立ち上がる。
生徒たちは次の講義の為に移動する。講義が無い奴は帰り支度。
俺もその波に逆らわずに流されて歩き出す。
次の講義は午後からなので一度家へ帰ろうと決めて正面玄関へと向かうとそこにあの男が。
伝える気なんて1ミリもない。
だから仕方ないことだ。まず男同士だなんて気持ちが悪い。
そっと彼女の掌に触れてそのままきつく結ばれる。
悲しくて悔しくて、自分が哀れで堪らなくて、それでも心は痛くて。
彼の事が好きだなんて知らなければ、自覚しなければよかったのに、時が戻って昔になればいいのに。彼への想いなどない俺に戻れば。
手を繋いだ恋人たちは人目をはばからずにそのままイチャイチャ。
もうやめてとか、認めたくないとか、馬鹿みたいな考えが浮かんでくる自分に嫌悪。
ひとりぼっちで歩き出す俺は泣き出す寸前。
ただ、一言空に向かって呟く。
「好き」
自嘲気味に笑って帰路へ急ぐ。
自覚したのも唐突にだけれど、失恋も早いものだ。
あなたは何も知らないけど
ただ、好きだったんです。