いつか

この幸せな時間が永遠ならばいいのに。

「和宏」

「何?」

「・・・何でもない」

愛しい人の名前を呼んでみる。
小さい声で呟いたにもかかわらず律儀にも返事が返ってくる。
そんな些細な幸せを積み重ねてゆく。

「変なの」

柔らかく笑う君。
そっと近づいてきて僕の額に唇を落とす。

「暗くなってきたから、残念だけどもう帰るね」

「・・・泊まってく?」

もう少し、いやずっと傍にいて欲しいと思って提案する。
今日は君の温もりに包まれて眠りたい。

「いいの?」

「勿論。和宏と眠りたい」

「これは・・・頑張らなくちゃね」

「っ!馬鹿!」

僕だって男だから好きな人と深く交わりたい。
男なのに女の子みたいなことさせられるのは最初は不満だったけれど和宏ならば問題なし。だって和宏は特別だもの。

そんなこんなしながら夕食をともに作って食べて風呂に入ってベッドへ。
シングルベッドに男二人はきついのだけれども君との距離がほとんど0になるから幸せ。
抱きしめられながら、彼の鼓動を聞きながら目を閉じる。

心地の良い温もりに瞼が重くなってきて、彼の胸板に額をグリグリと擦り付けて、意識を手放した。

              *****

目が覚めるといつも起きる時間。
昨夜まであったはずのあの温もりが何処にもない。
静かな室内。呑気に外から響く鳥の声。
彼がまるで最初からいなかったように冷たいシーツ。

「かず・・・ひろ?」

もしかしたら仕事で行ったのかもしれない。
それならばメールか置き手紙があるだろうと思って携帯を見る。
メッセージなどない。
フラフラと立ち上がってリビングへ行っても手紙などない。

「なんで、なん・・・で?」

どうして?
昨日は喧嘩なんてしてない。
それに優しすぎる彼は喧嘩してもすぐに甘やかしてきて刺のある心を浄化してくれる。
だから結局怒りはすぐに収まっていつもの雰囲気に戻る。

いつも我慢していたから遂に堪忍の緒が切れたのだろうか?
それならばまず泊まったりしないはずだ。
どうして、どうして何で?

あぁ、捨てられたんだなと理解する。
それに伴い落ちていく涙。
透明な筈のそれが何故か黒く感じて、自分の醜さに更に零れ落ちる。

どうしてという疑問は既に消え去って、ただただ涙を零す。
和宏の家に押しかけて喚き散らそうか?君を愛していると。
馬鹿みたいな考えが出てきて余計に涙が黒く感じる。
きっと彼はこんな馬鹿で醜い僕に嫌気がさしていたんだろう、だからここにいない。

涙が止まらない。
このままこの黒いものを吐き出してしまえばそれは透明に戻ってくれるのだろうか?
もう彼への思いだとかそんなことは消え去っていて。

昔から人より飽きっぽい自分。
だから彼と出会って執着心を覚えた時に、彼が運命の人だだなんて馬鹿らしくも思った。
なのに、彼への思いではなく自分の思いが涙となっている。

いつか彼を忘れてしまう自分が恐ろしい。


彼なしで生きていける自分が無性に怖くなった。




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