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遂に1時間。

彼が動き出した。
頭を肩にグリグリして、首筋に、項に、柔らかい唇を押し当てる。
やめろというけれど彼は何も言わずキスの雨を降らす。


泣きそうだ。
彼の匂いが、俺の体中に染み込んで。
彼の跡が、首筋から残されていって。

体が彼を覚えていく。
離れていくほうが馬鹿な行動みたいに思えてきた。


「お願い・・・もう、終わりにするって・・・」

意志の弱まってきた決意を、もう一度固めるために言葉にしてみる。

「まだ、足りないの」

俺が言葉を紡ぐと、彼の返事。
足りないんじゃない、溢れすぎてもうこぼれ落ちるほどだ。

「ねぇ、あとどれだけお前の傍にいたら俺でいっぱいになるの。それとも、もう抱いてしまったほうがいい?」

「っ、や・・・」

「でも、お前はこの手を離すと去っていくのだろう?あぁ、ならば首輪でも買おうか」

「いらない、そんなの・・・いらないから」

彼は、壊れてしまったのだろうか。
誰が彼を壊したのだろうか。

それからまた黙り。
静かな空間には、静かに響く音。


後ろから抱きかかえられていたが、反対側に向き合うようにされた。
シャツのボタンを開けるから怖くて突き放そうとしたけれどやっぱり力にはかなわなくて。
これから最後までされてしまうのかと絶望したのだけれども。

彼は、胸や、腹、腕、首筋、唇、頬、額。
至る所にキスを残していく。
けれど、決して鬱血跡・・・所謂キスマークをつけない。

あんなに独占欲の高そうなことを言いながら、これしかしないなんて結局自分はその程度。
ならば無理やりにでも奪って欲しいかと問われれば答えは否。

自分だけだといって欲しいのに。
体だけでなく、心も貴方で染めて欲しいというのに。
貴方の体も、心も俺で染められたらいいのに。

だなんて夢を見すぎな馬鹿な考えばかり。
俺だけのものになって欲しい、なって欲しいけれど、彼は決してならない。


指先にキスを残していった彼の唇は、己の唇と合わさる。
優しく、只触れ合うだけのキスに物足りないと感じるのは、まだ彼を好きだから。
そんな俺の馬鹿な考えを見抜いたように下が入ってくる。
舌を絡め取られ、吸われ、舐められ、意識がトロンとしてくる。

「ねぇ・・・俺が好きなんでしょう?」

「ちっ、がぅ・・・んっ」

否定すると、彼は首を振る。

「だから、お前は俺のものなんだよ。・・・お前は、一体何を望む」

「貴方、から・・・離れることを望むよ・・・」

至近距離で繰り広げられる会話。
離れた唇から透明な糸が伸び、言葉を紡げば切れ、言葉が終われば唇を合わせる。
そして、暫くすればまた彼が少し離れ、言葉を紡ぎ糸が切れる。

目の前の少し前までは慣れていたはずの、慣らされた筈の行為が妙に恥ずかしく思える。

「何を、望むの。俺にどうして欲しいの?」

「何も、あなたに望むことはないよ。只、分かれる時が来ただけ」

冷静に言葉を紡ぐ。
けれども、瞳からは止めどなく零れ落ちる透明な小さな粒。
それは頬を伝い、首筋を濡らす。
それを彼が舐める。
恥ずかしくて、泣いている上に更に顔を真っ赤にさせている。

「何で泣くの?ねぇ、一体何を望むの?自分だけの者にしたいならなるし、お前が望むならば携帯のアドレスも全部消そう。俺の世界をお前だけにするから」

彼を、ここまで追い詰めたのは誰?

選択肢に名前を一つ追加。
勿論それは己の名前である。

本当なのだろうか。
己が、彼の唯一となりうるのだろうか。


「・・・キス、もっとして・・・」

「あぁ」

小さく呟けば彼は、情事中のような熱いキスをくれる。
己の腕を伸ばせば彼の腕はきつく俺の体を抱きしめてくれる。

信じてもいいのだろうか。
彼がこんなに―――壊れるほどに己を愛しているのだと。
全てを俺にくれるのだと。
俺の全てを受け入れてくれるのだと。

信じたい。
でも、それでも。

迷いは顔に現れたらしく、彼の手が頬を包む。

「どうしたの?」

「・・・・・・・・」

だんまりな俺に彼は。

「離さない」

「え?」

唐突な言葉。
何か言えとか言われると思っていたので予想外。

「たとえ、本当に何も望んでないとしても・・・お前だけは離せないんだ」

最後は呟くように。
彼の瞳は、俺だけしか映していなくて。


信じてみようか。
彼ならば俺をずっと愛してくれるんじゃないか。

そんな思いとともに浮かぶ恐怖。

もしかしたら全部嘘かもしれない。
やっぱり遊びだと言われるかもしれない。
途中で捨てられるかもしれない。

考えただけで背筋が凍りつく感覚がする。

そんな、俺の様子をみた彼はまた顔全体にキスをして

「愛してるよ」

その一言に、透明な水滴はいっきに流れ出して。
真珠のように小さな、光る粒は頬を幾度も流れ落ちてゆく。

この気持ちはなんなのだろう。
この涙はなんの為なのだろうか。

最終的な答えは幸せだということ。

彼への愛だということ。


それがわかったから。
もう、離れるだなんて、離すだなんて、むしろ己の方が無理だったことに気づく。

「・・・っ、あ・・・いしてる・・・よ」

小さな、呻き声のようなか細い声。
それでも彼には届いたようで優しく抱きしめてくれた。




その日、己の居場所を見つけた。



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