父親がいつも帰ってきていたのは、絶対に午後7時過ぎ。
だから、毎日少しずつ荷物を彼の所へ持っていったらすぐに終了した。
荷物を運んだ彼と、俺の居場所は心地よくて此処が俺の居場所なんだと思うと嬉しくて涙がまた少し出た。
物が日に日に無くなって、俺が居ないのに気付いたらしい父親。
久しぶりに家に帰ってみたら机の上に紙が置いてあった。
『お前の通帳だ。毎月金を入れておく。すまなかった』
見事に単語だけ並んだ走り書きのような汚い、癖のある字。
すまなかったなんて言われても、俺には許すことができるかは分からないけれど、昔の無愛想だけど優しい父親を思い出して涙が出た。
母親と、俺と父親で過ごした日々は本当に宝物だった。
父にとって母さんがどれだけ大切で愛おしい存在だったことも知っている。
だから、似ている顔をしているのに母さんでない俺が許せないことも。
父親にとって、母が一番。
母親にとって、父が一番。
お前は2番目だよと、二人で笑いながら言っていた。
でも、お前以上に大切な人は母さん以外出来ないからお前は永遠に2番だとも。
あんな風に愛し合える関係って言うのは、息子から見ても微笑ましかった。
そんな関係が、俺も欲しかった。
彼は、俺を確かに愛してくれる。
でも彼が俺だけを愛してはいないことも知っている。
それを辛いと、悲しいと思うにはもう俺の心は負の感情に慣れ過ぎて。
俺は、きっと死ぬまで彼を愛し続けることができるんだろうけれど、彼は皆と平等の愛しかくれない。
だから、もしかしたら親父に会うかもしれないという可能性を持つこの家に帰ってきた。
あの家には、良くも悪くも彼の気配が沢山ありすぎる。
彼は大学生らしく夜が遅いのは仕方ないとは思うけれど、沢山の香水のにおいをつけて帰ってくる。
今日は遅くなるとだけのそっけないメールを一人で読み、彼のにおいがする布団に一人くるまって眠る。
文句を言えばいいのだろうが、変なところで意地を張って彼に素直な心を言えない。
第一、居候の立場である自分がそんなこと言えるわけない。
寂しい…この一言が言えればどんなにいいだろう。
学校には行っているから人肌が恋しいわけではない。
只、彼が足りないだけだ。
告白した夜、深く交わったあの時に彼の存在を更に強く刻みつけられたから、彼が足りなさすぎて狂いそうだ。
もしかしたら…いや、たぶん同情して俺と付き合ってくれていることは知っているけれど、辛い。
愛する者を無くしてしまった父親の気持ちが今ならわかる。
今なら、普通に話し合えるかもしれない。
そうして、彼と出会う前の生活に暴力がなくなったという生活が始まればいい。
人間は弱いから、心が耐えきれなくなる前に、嫌な思い出を忘れさせてくれるのでしょう?
忘れさせて。
どちらにせよ、そろそろ決心しなければいけない頃合だ。
今日から、荷物を家に戻そう。
此処はもう、俺の居場所じゃない。