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さわさわと揺れる木々の間をすり抜けながら、人気もなく物静かなこの場所で何事も起きなかったことにほっとして息を吐いた。

元々この土地は樹木が密集していた森林だったため、学園や近隣に住宅が建ってなおその自然は多いのだ。
初代校長が自然をなるべく残すようにと、校舎などの施設の間を囲むような沢山の木々は昔あった森林のままにしているそうだ。

この自然を俺は気に入っており、奥の奥まで行ったところで一面芝生になった場所を昼寝スポットとして利用している。
他人には知られたくない為、風紀の巡回はこの方面担当になった。

そんなわけで今は巡回中だ。
今日は残念ながらお昼寝は出来ないのでこのまま風紀室へ帰らなければいけない。

枝や葉が風に揺らされる音以外聞こえない。
そのため、ふいに響く足音はイヤに大きく聞こえた。
同時に頭は驚きで一瞬思考が途切れたが、身体は勝手に周りの大きな木の陰にさっと隠れるように動く。

その木の幹から少しだけ顔を出すと目つきの悪い連中が見える。
リンチでかと思ったが、一般人らしき人は居ない。
ならば不良同士の喧嘩の可能性が高くなる。

今見えたのは7人で、いざという時に絶対に一人で止められる自信はないので風紀室に待機しているメンバーに応援を頼む。
ちなみに手が使えるように片耳に無線のイヤホンマイクをさしており、音が周りには聞こえない仕様となっている。

コール音が耳元で響くが、なかなか出ないことに若干の苛立ちを覚えながらもそこで待機する。
追いかけたいのはやまやまだが、先に連絡をつけていないと俺もヤバいことになったら誰も気づいてくれないのは困るからな。

早く、早くしろ。
焦れて小さく舌打ちをしてしまい、慌てて誰も居ないかと顔を上げる。

その姿を認識した瞬間にコール音が断ち切られて先輩の声が聞こえた。

「藤下です。不良達と思しきグループが森林の方に」

『気付かれてないな?場所は、』

「先輩、木更津真弘が、」

『っ、まじかよ!?すぐ行く、気付かれないように接近しろ』

「了解です」

『お前は特別棟の方面担当だよな。俺のに掛け直してくれ』

たぶん今通話している先輩だけでなく、他の人たちも来るだろう。
木更津真弘という名前が出た瞬間、驚きの声が上がったのが理由だ。
むしろ俺があの姿を見た時に大声を出さなかったことを褒めて欲しいぐらいだ。

奴は、木更津真弘はそれ程に危険人物と周りから認識されている。
この学園ではまだ問題は起こしていない。
しかし、見た目から不良だとわかるし授業にもあまり出ないらしい。
だと言うのに何故か血気盛んな不良の先輩方は奴には手を出さないのだ。
不良が多いこの場所では何もしていなくとも潰し合いが多く起こるのに、だ。
噂では早々に殆どの上級生を潰したとのことで、正直風紀は把握しきれていない。

また中学時代の派手な噂は数多く、不良どころか裏の方の世界でもなにかした、なんて噂もあるぐらいだ。
流石にこれは嘘だろうと思うけど、嘘だという証拠もない。

今連絡をとった先は風紀室固定のものなので、指示通りに先輩のほうに掛け直す。
場所が正確にわからないだろうから誘導しなければいけないし状況も逐一報告する為だ。

木更津は更に奥の方へと進んでもう後ろ姿が少ししか見えない。
自分の存在を気付かれていないことに安心しつつ、その背を静かに追いかける。
一定の距離をあけて慎重に動いていたのだが、案外近くに彼はいた。
予想通り先程見た不良達と木更津は相対するように向かい合っている。

横幅のある木で身体を隠しながら彼らのほうに目を向ける。
なんらかのやり取りを交わしており、内容が気になるものもあまり近くにもいけない。

もどかしさに眉を顰めていると、急に木更津が横にあった木を蹴った。
パラパラと落ちてくる葉っぱを眺めて、はらはらしながらも事態を見守る。

「−−−−っ、−−−−」

「−−あ、−−う−−−−」

やはりはっきりと会話は聞こえないが、男達が苛立っているのがわかる。
一触即発の雰囲気で、はっとした瞬間には、一人が木更津めがけて腕を振りかぶっているのが見えた。

しかしそのまま頬に当たる筈だった拳は空をきり、逆に鳩尾に埋め込まれた膝と同時に苦しそうな悲鳴があがる。

とめなければいけない。
少し前に先輩が森に入ったと聞いたが、校舎から大分遠い為にまだ来ないだろう。
しかし悪夢のような出来事はすぐ近くで起こっていて、つんざくような悲鳴で耳の奥がキリキリする。

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