非常事態宣言

目が覚めて、いつも通りに顔を洗い料理を作る。
とはいっても今日は紅の分の飯は無い。
まず起こす気も無い。

俺は昨夜から凄く怒っているのだ。
寝たら怒りも消え去っていると思ったのだが案外続くようである。

怒りに任せてキャベツを切っていたら予想以上に切りすぎていたので紅にキャベツだけでも出してあげよう、俺優しい。

さてはて、何時までも怒っていても仕方がない。
昨日のことを一旦整理しよう。

事の始まりは、昨晩の夕飯の時であった。

「紅、ご飯出来たから手洗って来て。ワイン飲むなら選んできてね」

「んー・・・」

眠そうな声を出すので、寝てるのかと思ったら本を読んでいた。
それも仕事関係のものなのか付箋が張られているのでそっとしておいたほうがいいかと迷いながらもとりあえず再度声をかける。

「紅、急ぎのなら仕方ないけど飯はちゃんと食ってよ」

「まぁだいたい終わったし、もう大丈夫だ」

そうは言いながらも、本に隠れて見えなかったが、膝の上に置いてあった書類を持ってたちあがる紅。
本当は仕事しながらとかじゃなくて、きちんと休んで欲しいのだが、きっとやらなければいけないことなのだろうから文句を飲み込む。

席に着いた紅は美味しいなど感想は言ってくれるものの、視線は常に書類に向いている。
イライラしてきたけど、それは俺の我儘だからと我慢して自分の食事を優先させた。

そして、俺が食べ終わって食後の紅茶か珈琲を持ってこようかと思い席を立つ。
今更にながらに紅の食べるスピードがめちゃくちゃ遅いことに気付いてしまった。
まだ今日のメインであるハンバーグを三分の一しか食べてない。

紅の健康のためにもきちっと食べて貰いたいし、さっさと食べてお茶でも飲みながらお仕事した方がむしろ効率もいいんじゃないだろうか。
でも下手に声をかけると文句ばかり出てきそうで憚られて。
そんな時、紅から声をかけられて振り向く。

「なに?」

「冷えたから温めなおしてくれ」

少し上から目線な発言も、普段はそこそこあるので慣れたと思っていた。
なのに、こんなにムカつくだなんて。

「・・・俺風呂入るから、自分でやって」

冷ややかな声音になったが、紅は気にした様子もなく普通になんでだよ、と返してきて。
理性と本心が喧嘩した結果何も言わずに風呂場へ駆け込むことにした。

風呂に入っている間に落ち着こうと決めたのに、リビングに戻ったとほぼ同時に食べ終わった紅にムカついて、すぐさま寝室へ向かったのは仕方ないと言ってほしい。
別に喧嘩したいわけじゃないし、むしろ紅の体とかが心配なだけだし。
心の中で言い訳しながらもモヤモヤが抑えきれなくて寝れそうにない。

そんなこんなで何時の間にか一時間以上たっていたらしく、風呂に入ったらしい紅が寝室の扉を開き、入ってきた。

「透・・・寝たか?」

「・・・・・」

「くそ、足りない・・・」

舌打ちと共にベッドに乗り上げる紅。
寝室には一つしかベッドが無いので一緒に寝るのは当たり前なのだが、今日はやっぱりムカついてるので寝返りをうつようにして紅と一定の距離を保つ。

紅の不機嫌そうな声が聞こえ、反対に俺の機嫌は良くなっていく。
こんなことで、とかちっせえ男とか言われるかもしれないけど、兎に角嬉しい。
気分が良いのでこのまますぐ寝れそうだ。

そんな時、紅が俺が寝ている(嘘寝だけど)のをいいことにシャツのボタンを外し、後ろから項を舐めてくる。
耐えろ、耐えろと自己暗示の様に自分に言い聞かせるのだが、どうしてもくすぐったくて声が我慢できそうにない。

「・・・・っ、ん」

「起きた?」

確認するように訊ねてくる紅を無視して、平常心を取り戻す様に心を無にする。
だと言うのに、躊躇うように何度も項に触れる手が離れたと思えば、次の瞬間、紅の牙が突き刺さり、血を奪われる。

「んぁ・・・に、すんだよっ!」

「ちぅ、最近血吸ってなかったしシてないだろ」

「・・・・ふざけんなよ、バカ!!」

「ちょ、そんなに怒んなって」

「煩い、俺は寝る!触ったらこの部屋出て黒羽さん24時間警備にして貰うから!」

「はぁ!?透、何言ってんだよ!」

困惑した紅の言葉を無視。
少量だけど血を吸われて急激に眠気が襲ってきたのだ。
それに身を任せ、まだ驚きの表情をしている紅を視界から消した。

そんなこんなで、キャベツだけを残して学校へ向かおうとする。
下手に部屋から出て襲われるのも嫌だし、シアを呼ぼう、よして愚痴ろう。
最近は食堂に行くより部屋で飯食って出来るだけ寝ていたいと言う紅の願望により朝飯は部屋で食っていたので早く起きすぎた。


そして学校から帰ってきて現在。
未だに拗ねていると思っている紅は絶賛ゴマすり中だ。

「透、悪かったって・・・」

「・・・・夕飯作るから邪魔」

「俺の、ぶんは?」

「作るよ」

いつも通りみんなと昼飯食って、その時に散々愚痴ったのでもうすっきりしている。
帰ってきて顔見たら多少ムカッとしたけどしゅんとした顔に笑ってしまった・

「じゃあ手伝う」

「そんな、別に・・・じゃあパスタゆでるから火見てて」

なんだ、今の捨てられた犬みたいな顔は。
いつも通りで居て欲しいという意味で遠慮したのだが、紅は拒絶と受け取ったらしい。

そうして二人で作り上げた料理を食べ、風呂の時間になったのだが。
寮の部屋は、広い。
もちろんバスルームも広く、二人入ってもぜんぜん余裕であるのだ。

「一緒、入るの?」

「・・・ダメか?」

「いや、別にいいけど」

先に紅に入って貰い、身体を洗い終わって浴槽に入る頃に俺が入ることになった。
浴槽で寛いでいると思った紅は、思いのほか強張った顔をしており、俺が入ると共に肩の力が抜けたようだ。

身体を洗い、浴槽へと脚を入れた瞬間に腕を引っ張られて紅の脚の間に座る。
すぐさま身体を抱きしめる紅は、俺の首筋に顔を埋めると、小さくごめんと囁いた。

「透、好きだ」

「・・・俺も好きだよ」

「どこにも行くなよ?」

「うん、だから部屋にいる間はちゃんと構ってよ」

そうだよ、寂しかったんだよ。
食事の時間が特に俺が構ってほしい時なんだから。
どうしようもないって時はちゃんと言って、そして後で思いっきり甘やかしてくれたらそれで許すんだから。

「ん、ごめんな」

「紅・・・」

少し無理な体勢なんだけど、それでもキスしたい。
首が痛いけど、紅ともっと触れ合いたい。

「は、もう、次俺のことほったらかしたら許さないから」

「大丈夫だよ、お前のこと凄く好きだから」

「・・・その言葉、絶対忘れないでね」

体の向きを変え、更に深いキスに溺れていく。
貪り合う熱を少しも逃さない様に、首に腕を回して体の隙間を無くした。

非常事態宣言
(誓いのキスを交わして大団円)



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