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目が覚めた時、残念なことに服は着ていなかったが腕の拘束やら目隠しは外されていた。
とりあえず、ここは寝室なので備え付けのクローゼットにある相沢の服を拝借してもいいのだが、そんなことしてもこのマンションからは出られないのだろうから、大人しくシーツで身体を包みそっと扉を開ける。

リビングでは、相沢がソファーに腰掛け新聞を読んでいた。
扉の音に気が付いて新聞を机の上に置くとこちらに近寄ってくる。
歩み寄ることもせず、避けることもせず、ただその場に突っ立っていると、強情だなと言って腕を引っ張り、僕は相沢の腕の中にいた。

「やめろ」

「ん、風呂入ってきたら?」

「・・・着替えは」

「俺のを貸すよ」

結局イった後、相沢はティッシュで手を拭き、僕のモノも簡単に拭くとそのまま寝た。
その時に風呂に入りたかったが、拘束され目隠しされた状態では不可能である。
絶頂を迎えた疲労感に後押しされ、そしてアルコールも入っていたので後を追うように僕もそのまま目を閉じると共に意識が遠のいた。

風呂へ行き、相沢に触られたところを一生懸命に洗うのだが、普段相沢が使っているものと同じ石鹸やシャンプーなので、逆に相沢の匂いがこびりついた様で気分が悪い。

用意されていた服は一回も着たことが無い様で、袋に入れられていた。
サイズは俺にぴったりで、何故持っているのか不思議だがまあよかった。

「風呂、ありがと」

「今日が休みで良かったね」

僕の、多少の葛藤はあったものの素直な感謝の言葉をスルーされて多少ムカッとした。
だけど実際に今日休みで本当に良かった。
この様子だと休みだろうが休みじゃなかろうが拉致されてたのだろうから。

「・・・それで、どうしたら解放してくれる?」

「そう言えばその服さ、高校の時お前専用に買ったんだよね。萌袖ってのを見たくてちょっとデカイの選んでさ。今じゃ、ぴったりか」

「・・・っ、そんなこと、言われても」

「俺のこと好きだって言ったくせに、アイツの事言い訳に俺から逃げ回るから閉じ込めようと思って、同棲の準備馬鹿みたいにしてたよ。でも何時の間にか消えやがって」

そう言って立ち上がる相沢は、わざとらしくゆっくりと近づいてくる。
相沢の執着というものを目の当たりにして、動揺していた僕は奴から目が離せない。

そっと触れる手が、近づく顔が、僕と同じ香りを漂わせて、吐き気がする。
正気に戻ったように自分の意志が戻ってきて、相沢の首に手をかける。

「近づくな。・・・はやく帰してくれ」

「嫌だよ。ね、隆文。隆哉が死んだのは俺の所為だと思う?」

「そうに決まってる!だって、あんな、いきなり・・・」

いきなり、僕のことを憎んでると言いだした隆哉。
それまでは喧嘩もするけど仲良い兄弟だったと思っていたのに。
ある日を境に、気が狂ったように俺の服を切り裂いたり首を絞めてきたり。

「ね、そんなに俺のこと嫌い?殺したいぐらいに」

首にかけた僕の手にそっと手を重ねてくる。
相沢の手の熱が伝わってきて、何故か泣きそうになる。

「死ねば、いい。隆哉が生き返るなら」

「へぇ」

「・・・どうして、僕なの?顔も声も全部一緒なのに」

双子だから似ているの当然だ。
そりゃ違う固体だから性格は違うしよく見れば違うところも多少はある。
でも、そんな些細な違いで、何故僕なのだろうか?

「知らない。月並みだけどさ、好きになったのに理由は無いだろ?」

「確かに、相沢・・・春樹のことは好きだった。けど、隆哉の方が好きだ」

相沢を好いて、そして好かれて、幸せだった。
でもその事実を知った隆哉は、相沢の事を好きだった隆哉は、俺を憎んだ。
だから俺は相沢よりも大切な隆哉の幸せを願い、相沢から離れた。
だが相沢はそんな俺を許さず追いかけ、嫉妬で狂った隆哉を突き放し、そして絶望した隆哉は自殺した。
遺書も何もなく、前日に、ただ俺にこう言うっただけだ。「相沢を愛している」と。

隆哉は人より心が弱かったんだと思う。
人は一時期その人でなければ駄目だと思うけど、結局離れてしまっても暫く悲しんで、そして新たに愛しい人を探す。
だけど隆哉は、本当に相沢でなければ駄目だったんだ。

「僕は、隆哉より僕を愛した貴方を憎んだ」

「でも駄目だよ。もう見つけちゃったし」

「・・・どうゆう意味?」

「もう此処に隆哉は居ないよ。お前が逃げる理由は無い」

「隆哉が居なくとも、僕はもう貴方なんか好きじゃない」

隆哉の事を理由にした憎しみを否定されても、時は感情や記憶を薄れさせていく。
それにありきたりだと言われても、隆哉は心の中で生きている。
例え事実だとしても、もうここには居ないなんて聞きたくない。

「僕の憎しみは、隆哉がまだ生きているって意味だ。・・・無理なんだよ」

「憎しみがあろうが無かろうが俺の事が好きじゃない、と」

「ああ」

「うん、じゃあ俺頑張ろ」

「・・・は?」

「もう一回惚れさせればいい。憎しみだとかは面倒だから捨ててさ」

「だから!隆哉を、忘れることなんて出来ない」

「俺が、隆哉を死に追いやった元凶だから?」

静かに、だがしっかりと頷く。
心の弱い隆哉は、確かに人より敏感で些細なことでも苦しんでいた。
だから耐え切れなかった隆哉にも本当に少しだけなら責任はあるかもしれない。

「愛せないって、言っただけだよ」

「でも、でも・・・どうしても、駄目なんだよ」

仕方ないじゃないか。
まだ高校生だった俺には、身内の、それも自分によく似た人間が死ぬって言う状況はキャパオーバーで軽くトラウマであった。
大事な片割れが死に、そのもう二度と覚めぬ夢へと旅立った顔が、まるで自分のようで。
恐怖を持っても仕方ないじゃないか。

抱きしめられようが、甘い言葉を囁かれようが、もう無理だ。
だいたい男同士、今更だが非生産的な関係。
男で好きになったのは、相沢だけだったから。
もう、疲れた。

「・・・今日は帰してあげる。でも土日は俺の家に来ること」

「僕は逃げたらもう、貴方のもとへは戻らないよ」

「逃げられないから、大丈夫」

「一体、どこからそんな自信がわいてくるの?」

「さぁ、すべては結果次第だね」

有耶無耶にされたけれど、相沢の中で何か結論が出たのだろう。
それを詮索するよりも今は早くこの部屋から出ていきたい。

諦めから大人しくしていたが、帰れるならば早く帰りたい。
昨日と同じスーツに着替えて、下着も袋に詰めて鞄に入れる。
奴から借りたものを返したいとは思うけど、流石に風呂に入って前日と同じ下着を身に付けたいとは思わない。

「さよなら」

「またね」

エントランスで、相沢がカードを翳すと扉が開く。
一歩踏み出した。

相沢の気配が消えた空間は、何故か息がしにくかった。

君が酸素になる前に
(僕は逃げ切れるのだろうか)



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