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ムワッとくる熱気で包まれた体育館。
散々走り回った脚やボールを操る腕、作戦を考える脳、いろんな部位は力を使い果たし、今すぐにでも休みたいと肉体は訴える。
それでも最後の力を振り絞ってなんとか練習後の片づけやモップ掛けをした。

今日は練習試合の相手校が来てくれた。
だから移動などはなくて楽だったと言えども、試合後時間がまだあるので合同で練習しようだなんて全く迷惑な話である。
相手校の練習方法がいつもの練習より更に過酷だったので、本当に死ぬかと思った。
されど人数が多い分片付けは楽だったし、試合にも多く出して貰えたので満足と言えば満足なのだけど。

漸く終わって早々に汗で色の変わったTシャツを脱ぐ。
藤堂先輩が用意してくれた濡れタオルで身体を拭くだけで気分が良い。

制服に着替えるとお腹が空いているのに今更ながら気づいたので早く帰りたい。
だが先輩は部室にもいないし、まだ体育館に居るのだろうかと探しに行く。

「先輩?どこですか?」

「あら時雨君。部長なら今日の練習相手送ってるわよ」

「そうですか・・・」

「でも着替えは済んでたみたいだし、すぐ終わるんじゃない?」

すると体育館の入り口の傍に藤堂先輩が居て、タオルを回収して洗濯機を回すらしいので俺も手伝おうと籠を持つ。
中を覗いてみたけど先輩は居なかったので、待ってる間手伝うぐらいの時間はある。

体育館を出て、部室内にある洗濯機にタオルやらユニフォームやら投げ込む。
藤堂先輩があとはやってくれると言ったし、先輩もそろそろ戻ってくるだろうと再び外へ出ると先輩が少し遠くに見えた。

「先輩、早く着替え・・・」

先輩が言うから態々待っているのだから、早く来てくれないと帰れない。
主将としての務めであろうと早く済ます努力はしてくれ。
なんて気持ちで声をかけたのだが。

女の子と近くで話してて、仲がよさそうだ。
見たことが無い顔だけど、あれは今日練習試合で来た高校の制服だと思う。
遠めだからはっきりと断言はできないがマネージャーさんだろうか?

「・・・・・」

待ってろと言うから自分は待っている。
なのに当の本人はどういうことだ、女の子と楽しいおしゃべりだなんて。
その上一応、その、付き合いたての恋人がいるというのになんてふざけた人だ。

あぁ、イライラする。
なんで先輩なんかの為にこんな気持ちにならなきゃいけないのだ。

「く、っそ」

先に帰ってしまおう、そうしよう。
あんな人なんか知らないし、好きでもないし・・・

荷物を抱えなおして歩みを進めるけれど、そこで正門へ行くにはあの二人が居るところを通らなければいけないのだ。
顔を伏せていれば、あんな楽しそうに話しているのだから気づかないだろう。
思ってて多少虚しくなるものの、どうせ男の自分なんてと考えてしまう。

もう少しで二人のとこに近づくってときに、ふと女の子が笑いながら一歩踏み出す。
あ、っと思った時には、今居る場所から見ると顔が重なってるように見えて。
腕が触れ合ってる、顔なんて近すぎやしないかと思ってしまったらもうダメだった。

横を通り過ぎる瞬間、先輩の腕を両手で思い切り掴む。
足元にあった先輩の荷物を持つように無言で視線を送ると溜息を吐いて従ってくれた。

「あ、すみません。そろそろ・・・」

「ええ、今日はありがとうございました。五十嵐さん、また宜しくお願いしますね」

「こちらこそ」

「では、失礼しますね」

女の子が去っていく方向を無言で見つめる。
近くで見れば見るほど可愛らしく、艶やかな黒髪が歩みと共に揺れるのが綺麗だ。

「・・・・」

「どーしたの?しーぐーれー?」

「別に、何でもないです」

「んー、じゃぁとりあえず帰ろっか」

掴んでない方の手で俺の頭をそっと撫でてくる。
黙って首を縦に振ると、先輩の腕を掴んでいた手を離した。

あの女の子は、とてもかわいかった。
顔面偏差値が高めな先輩と並んでも遜色ないぐらいには。
だからムカついたしイラついたし、先輩は自分のものだって強く思った。

少し先を歩く先輩の後ろをついていく。
止まった先輩にびっくりして顔を上げるとそこは数回行ったことのある先輩の家で。

「ね、時雨。今日母さんも父さんもいないんだ」

何時の間にか後ろに回った先輩は、そっと耳元で囁く。
現実逃避をするようにそう言えば今日透子さん休みだったよなと思い出す。

「来る、よね?」

「・・・・・い、や」

掠れた声が零れるものの、先輩は既にどうするか決めていたらしく背中を押してくる。

扉が閉まる音が、やけに遠くに聞こえた。


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