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糸が、途切れたのだと思った。
人を結びつける、所謂赤い糸という奴は、存外脆く簡単に引き千切れるもので。
小指の先には誰もいなくて、何も無くて。

その時何を思ったかは、もう忘れた。
ただ、酷く息苦しかったことだけは、なんとなく覚えている。



偽の笑顔を張り付けて、思ってもないことの言い合い。
社会人になれば誰でも一度は経験しているであろう腹の探り合いというやつだが、相沢の胡散臭い笑みは昔から変わらない。

「相沢さんは何処で降りるんですか?」

「特急で5駅ですね。日向さんは?」

「特急で、相沢さんの一つ前の駅で降りますね」

これ以上一緒に居たくないと言う思いが伝わったのか、ホームに降りた瞬間に特急が来るとアナウンスが流れる。
今の時間は帰宅ラッシュからずれてるとはいえ、まだまだ人が多いのでいい感じにはぐれることあ出来ないかと思ったが、人の流れの所為で電車内に入った時には相沢とくっつくようになってしまった。

「日向さん、大丈夫ですか?」

「はい」

相沢は座席の上の物置に鞄を置くとドアに手をつき、僕を抱え込むような姿勢になる。
たぶんだけど大丈夫か聞かれたし一応気遣われてるのだと思う。
だが触れそうで触れないその距離が、癇に障る。
勿論触られればさり気無く身体をずらすなど何かしらするだろうが、別に触られてもいないのに反応するのは自意識過剰のようで嫌だ。

次の駅に着くと扉が開き、降りる人はあまりいないのにまた多くの人がなだれ込む。
更に近づく距離に、これは触れられても仕方がないと首元に触れる手に目を瞑る。

そんなこんなを数回繰り返し、やっと家から最寄りの駅に着く。
開く扉に、軽く相沢に頭を下げすぐさまホームに降りようと足を動かすものの、阻むように相沢の腕と脚が邪魔をする。
そうこうしている間に扉が閉まってしまう。

「・・・・・何なんですか?」

「おや、降りれませんでしたね」

「あまりふざけないでくれませんかね」

「ふざけてなんてませんよ。自意識過剰じゃないですか、日向さん?」

耳元でそっと、戯れのように吐息交じりに囁かれる。
あ、これは確実に今鳥肌立った。

そんなこんなで頭の中を整理していると、もう相沢の最寄り駅に着いてしまい強制的にホームに引きずられる。
どちらにせよ戻らなくてはいけないので降りなければならなかったが、相沢にさり気無く服を掴まれているので隙が無い。

結局、引っ張られるがままに改札を抜け、見知らぬ土地へと来てしまった。
今年引っ越しをして住み着いた街のことも基本休日も外へ出かけないからかよくわからないのだ、一駅違うだけでも迷子になってしまいそうで少し怖い。
だが何はともあれ今現在最大の迷惑と恐怖を抱いているのは既にさり気無く、ではなく思い切り腕を掴んでいる相沢にだが。


「ちょ、ふざけんなよ相沢。・・・気づいてるんだろ」

「隆文、でしょ?」

「・・・・・」

出会ったのが僕が高2で相沢が高3の時だから、既に声変わりも終わり今とほとんど変わらない声で、昔は隆文と呼ばれていた。

「ハァ・・・帰る」

「そんな簡単に帰すんじゃここまで連れてきた意味ないじゃん?」

だから大人しく捕まっててねと言われて、大人しくしている人間いるだろうか。
今まさに、敵陣へと連れ込まれようとしていると言うのに。

昔と比べれば背も高くなったし多少ではあるが筋肉もついた。
勢いよく腕を振り切れば、一瞬ではあるものの相沢の手は離れたのだが、すぐにまた捕まえられてしまう。
どちらも酒が入っているので仕方ないかもしれないが、足取りは覚束ない。
それでも僕よりもマシな足取りで迷わずに道を進んでいく。

そして、相沢の部屋に連れ込まれソファーに座らされた。
ちなみに、非常に残念なことに後ろ手にネクタイで縛られているので逃げられない。
相沢の住んでるとこはセキュリティーがしっかりしているので、マンションから出る時にも住居者専用のカードを翳さなければ出られないらしいのだ。
縛られてなお逃げようとした僕に、無駄だと上記のようなことを無駄に丁寧に説明するなど、意地が悪いとしか考えようがない。

「・・・で、なんで僕をここまで連れてきたんですか?」

「単刀直入に訊くよ」

「はい、何でも答えますよ」

抵抗する気は普通にあるけど、隙がない。
今はとりあえずでも従った方が得策だと考え素直に返事をする。
そんな僕を驚いたような目で見る相沢は、すぐにいつもの笑みを浮かべた表情に戻る。

「なんで逃げたの?」

「そうですね・・・強いて言えば飽きた、というところですかね」

「ふーん、そっか」

「・・・貴方は、彼のこと覚えていますか?」

「どうだろう、わからない」

「嘘吐き」

涙を流した彼は、相沢を愛し続け、俺を憎み、そして儚く散って行った。
彼の行動は異常であったし犯罪でもあった。
しかし、その根源にある愛を、俺は否定なんて出来なかった。
例え、一方的なものだとしても。

「彼の、最後まで抱いていた想いを、知っていたでしょう?」

「そうだね、知ってたよ。俺への愛でしょ?」

「・・・別に応えなくても、良かったのに」

「きっぱり振って、違う誰かさんを見ろって言えば良かったの?」

それであの子は本当に他の人を見ることなどあるのかな、なんて唇に弧を描く。
僕だってそれでどうなるかはわからないけれど、少なくとも彼は、今ここに居た筈だ。

「そう言えば、お前だって俺のこと好きだったでしょ?」

「・・・一時は確かにそうでした。でも、結局貴方への憎しみしか残らなかった」

「それは残念だ」

息苦しい。
まるであの時の様に。

水の中に沈められたように、宇宙に放り出されたように、酸素が足りない、呼吸が上手くできない。

「可哀想に、とでも言えばいいのかね?」

「ふ、ざけないでくれません?本当にイラつくんで」

「おやおや怖いなあ」

頬に触れてくる大きくて節ばった手は、少し乾燥しているのかカサカサする。
下へ移動していく指はそのまま喉仏を数回撫でると、やがて離れていった。



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